フィリップ・ガッシェ

フィリップ・ガッシェ (Philippe Gache, 1962年5月31日 - ) は、フランス・アヴィニョン出身のレーシングドライバー[1]。姓は「ガッシュ」「ギャッシュ」の表記もある[2]

1996年のル・マン24時間レースダッジ・バイパーで参戦

経歴

フォーミュラ3

1984年にフォーミュラ・フォードフランス選手権に出場しレースデビュー。1985年に同選手権のチャンピオンを獲得すると、1986年よりフランスF3選手権にステップアップ参戦し、ランキング7位。1987年にはF3初優勝を挙げるなどジャン・アレジエリック・ベルナールエリック・バシュラールエリック・コマスと争い、ランキング5位と成績を向上させる。同年にはWM Secatevaのマシンでル・マン24時間レースに初出走した。1988年もフランスF3に参戦し、前年と同じくランキング5位を得る。

国際F3000

1989年から上位カテゴリーの国際F3000選手権へとステップアップした。1990年、アポマトクスチームでディディエ・アルゼットをチームメイトに迎え2カーエントリーとなった。しかしチームは参戦資金状態が厳しくなり、シーズン後半はシートをアンドリュー・ギルバート=スコットへ譲ることとなった。ギャラクシー・レーシングに移籍し、その初戦となった第10戦ル・マンではファステストラップを記録。1991年まで国際F3000に出場したが、F1をテストする機会もなかなかつかめない難しい状況だったこともあり、活路をアメリカに求める。

インディ500

1992年にフォーミュラ・プロジェクトとディック・サイモン・レーシングの共同というかたちでインディ500に参戦。フランス人レーサーがINDY500に出走を発表したのは50年ぶりだったため話題となった。予選でルーキー2番手となる6列目スタートを獲得したが、決勝日のパレードラップでスピンしてしまいピットへ戻り、3周遅れてレースに合流。62周目のターン1でハイスピードスピンを喫し壁にクラッシュ、そこにスタン・フォックス英語版が避けきれず突っ込んだためかなり大きい事故となったが、重い負傷をせずに済んだ。

スポーツカーレース他

以後ポルシェカップやツーリングカーレースで活躍[3]。1997年にはFIA GT選手権でシリーズ3位を獲得している。主にサーキットレースで活躍しているが、他にもダカール・ラリー世界ラリー選手権(WRC)、アイスレースなどフランス人らしいカテゴリを問わない広い活動をしている。

1997年にレーシングチーム・コンストラクターのSMGを設立し、ラリーレイドを中心に様々なカテゴリで活躍している[4][5]

2019年ダカールでは走行中砂丘の窪みを見誤ってマシンを横転させ、ガッシェは胸椎を6本、ナビは腰椎を3本骨折の大怪我を負った[6]

人物

コリンヌという女性と結婚し、ジュリーとエルサという二人の娘がいる[7]

フランスでのF3デビュー同期で、国際F3000まで同カテゴリー参戦が多かった元F1ドライバーのジャン・アレジと親交が深く、アレジがF1でレギュラーとなって以後も、ガッシェが参戦する国際F3000がF1と併催だった場合などはスタートグリッドまでアレジが応援に駆け付けていた[8]。2020年代になって以後も二人で一緒にヒストリックカーレースへ参戦している[9]

レース成績

フランス・フォーミュラ3選手権

エントラントシャーシエンジン12345678910111213順位ポイント
1986年DGレーシングデュケン・VG4フォルクスワーゲンNOGALB
Ret
MAGPAU
Ret
LAC
5
ROU
Ret
LEC
Ret
ALB
5
BUG
5
LED
4
CET
4
7位33
1987年レイナード・873ALB
2
NOG
4
MAG
1
DIJ
4
LEC
9
PAU
Ret
ROU
Ret
LEC
7
LAC
Ret
NOG
6
BUG
3
LED
6
CET
7
5位73
1988年オレカダラーラ・F388アルファロメオNOG
7
DLM
2
PAU
Ret
LAC
Ret
ROU
5
LEC
10
ALB
3
NOG
3
BUG
3
LED
Ret
CET
5
DIJ
Ret
5位63

* 太字ポールポジション斜字ファステストラップ

マカオグランプリF3

チームシャーシ/エンジン予選レース1レース2総合順位
1988年 DG レーシングダラーラ・F388 フォルクスワーゲン23位DNFDNF (サスペンション)NC

国際F3000選手権

チームシャーシエンジン1234567891011順位ポイント
1989年アポマトクスレイナード 89Dコスワース DFVSILVLLPAU
Ret
JER
8
PER
DNQ
BRH
Ret
BIR
8
SPA
Ret
BUG
8
DIJ
Ret
NC0
1990年レイナード 90DDON
9
SIL
DNQ
PAU
Ret
JER
14
MNZ
Ret
PER
Ret
HOC
Ret
NC0
ギャラクシーレーシングローラ T90/50コスワース DFVBUG
Ret
NOG
Ret
1991年ローラ T91/50VLL
DNQ
PAU
12
JER
10
MUG
Ret
PER
9
HOC
Ret
BRH
11
SPA
9
BUG
5
16位2
クリプトン・エンジニアリングレイナード 91Dコスワース DFVNOG
Ret

ル・マン24時間レース

チームコ・ドライバー使用車両クラス周回総合順位クラス順位
1987年 WM Secateva ロジャー・ドルチー
ドミニク・デレストレ
WM・P87-プジョーC113DNFDNF
1989年 パスカル・ペシオット
ジャン=ダニエル・ローレ
WM・P489-プジョーC1110DNFDNF
1994年 レンタカー レーシング チーム フランソワ・ミゴール
デニス・モーリン
ダッジ・バイパー RT/10GT1225NCNC
1996年 バイパー チーム オレカ エリック・エラリー
オリビエ・ベレッタ
クライスラー・バイパー GTS-RGT128321位12位
1997年 オリビエ・ベレッタ
ドミニク・デュプイ
GT2263DNFDNF
1998年 ソリューション F ワイン・ガードナー
ディディエ・デ・ラディゲス
ライリーアンドスコット・Mk III-フォードLMP1155DNFDNF
1999年 Riley & Scott Europe ゲイリー・フォーマット
オリビエ・テブナン
ライリーアンドスコット・Mk III/2-フォードLMP25DNFDNF
2000年 SMG コンペティション ゲイリー・フォーマット
ディディエ・コッタズ
クラージュ・C60-ジャッドLMP900219DNFDNF
2001年 ジェローム・ポリカン
アンソニー・ベルトワーズ
LMP90051DNFDNF
2002年 DAMS エマニュエル・クレリコ
ミシェル・ヌガルテン
ローラ・B98/10-ジャッドLMP900150NCNC
Source:[10]

INDY500

シャシーエンジンスタートフィニッシュチーム
1992年ローラ・T91/00シボレー・2.6 turbo1628フォーミュラ・プロジェクト
ディック・サイモン・レーシング

FIA GT選手権

チーム使用車両クラス1234567891011順位ポイント
1997年バイパー・チームオレカクライスラー・バイパーGTS-RGT2HOC
1
SIL
3
HELNUR
17
SPA
2
A1R
2
SUZ
1
DON
1
MUG
Ret
SEB
1
LAG
3
3位60

ダカール・ラリー

クラス使用車両順位ステージ勝利
2003年Cars メルセデス・ベンツ43位0
2004年 SMGDNF0
2005年28位0
2006年12位0
2007年31位0
2008年治安悪化により大会中止 代替として2008 セントラル・ヨーロッパ・ラリー開催
2009年Did not enter
2010年Cars SMGDNF0
2011年Did not enter
2012年
2013年
2014年
2015年Cars SMGDNF0
2016年Did not enter
2017年
2018年
2019年Cars ジーリーDNF0

世界ラリー選手権

エントラント車両12345678910111213順位Pts
2018年Philippe Gacheアバルト・124 ラリーRGTMONSWEMEXFRA
30
ARGPORITAFINGERTURGBRESPAUSNC0

脚注

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