明和の法論

明和の法論(めいわのほうろん)は、江戸時代中期の明和年間に浄土真宗本願寺派にて発生した法論(教義論争)。当時の西本願寺学林で正統視されていた、浄土真宗の本尊にまつわる学説をめぐり、播磨の学僧・智暹と学林との間で意見が戦わされた。

概要

播磨・真浄寺の智暹が1764年(明和元年)に『浄土真宗本尊義』を著し、西本願寺学林で権威とされていた第4代能化・法霖の学説を批判した。法霖は、浄土真宗の本尊を『観無量寿経』に見える立像としていたが、これに対して智暹は『無量寿経』の本尊とすべきであると主張し、また法霖の教えを「一益法門」の異端であると批判した。

智暹の説に学林は反発し、『浄土真宗本尊義』の絶版を本山に要求して紛争となった。1767年(明和4年)、第5代能化・義教を審判として、功存ら学林側と智暹との討論が2度行われたが決着せず、翌1768年(明和5年)には義教と智暹とが死去する。最終的に第17世門主法如の裁定により学林側の勝利となり、義教の死後に功存が第6代能化となる[1][2]

関連項目

脚注

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