インティマシー・コーディネーター

インティマシー・コーディネーター(英:Intimacy Coordinator)は映画・テレビや舞台など視覚芸術の製作にかかわる職種のひとつ[1]。一般に、俳優らの身体的接触やヌードなどを演出上必要とする際に、演出側と演者側の意向を調整して、演者の尊厳を守りつつ効果的な演出につなげる職種と理解されている[2]

英語の「インティマシー」は本来の「親密さ」のほかに個人の性的な領域・行為という語義があり[3]、それを製作の現場で調整・調停する立場としてこの呼び名がある[4]。米・英の映画やドラマの製作現場を中心に導入が広がっているが、まだ職種が誕生して日が浅いため、どのような仕事が職権に含まれるのかなど模索がつづいている[4]

歴史

#MeToo運動を機に米フィラデルフィアで行われた女性による大規模デモ(2018年)。#MeToo運動はインティマシー・コーディネーターという職種が誕生する重要なきっかけとなった。

現代の映画・TVドラマでは性的場面やヌードが頻繁に登場するが、アメリカできわめて大きな影響力を持っていた映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによる長期におよぶ性加害事件が2017年に発覚すると、主に女優の側から、性的シーンの撮影における安全確保をもとめる声が上がるようになった[5][6]

また若い新人俳優のように撮影現場で力の弱い立場にある者が、意に沿わない形で撮影を強要されるケースも懸念の声が広がった[5]。事件がMeToo運動として世界的に広がるなか、そうした声を背景に、2017年にイギリスのタレント・エージェンシーが撮影・演劇関係のコーディネーターだったイタ・オブライエン英語版の示唆を得ながら[7]、性的場面(インティマシー・シーン)の撮影に関する最初のガイドラインを作成した[8][9]

この動きはイギリスとアメリカで短期間に拡大し、まず2018年にアメリカのHBOが自社製作ドラマにおいてそうしたシーンの撮影を調整する職種を導入[5]、このころからそうした職種が「インティマシー・コーディネーター」と呼ばれるようになった[10]。続いてBBCが2019年に製作したドラマ『ジェントルマン・ジャック〈未〉』においてオブライエンをインティマシーに関わる撮影のコーディネーターとして採用[11]。同年これにNetflixによるドラマでの採用がつづく[12]

こうした動きを受けて、ロサンゼルスに本拠を置く映画俳優らの労働組合SAG-AFTRA(映画俳優組合・米テレビ・ラジオ芸術家連盟)も2019年にはガイドライン作成に乗り出し[13]、その後、所属組合員を対象にインティマシー・コーディネーターの利用を積極的に推奨するようになった[4]

2021年現在アメリカのIPA (Intimacy Professionals Association) をはじめいくつかの認定機関がインティマシー・コーディネーターの資格を授与しており、日本でもNetflixの日本版ドラマ『彼女』で2021年に初めて導入されたのち[14]、アメリカで認定を受けたコーディネーターらがNHKのドラマや一部の映画で活動を始めている[15][16]

しかしフランスでは2024年に至ってようやく最初のコーディネーターが活動を開始するなど、本格的な導入が始まって日が浅く、どのような領域が職分に含まれるのか・どんな権限をもつべきかといった職種についての共通理解は、欧米諸国の中でもまだ議論・確立の途上にある[17]

何を行うか

米カリフォルニア州にあるNetflixの本社(2008年)。各国で現地語のドラマを数多く製作するNetflixがインティマシー・コーディネーターを採用したことも、普及を大きく後押しした[18]

SAG-AFTRAが作成したガイドラインによると、インティマシー・コーディネーターは職分として次のことを担当する[4]

  • 俳優と製作側の間の橋渡しをする代弁者・仲裁者 (advocate)として行動する。
  • 俳優および他の製作スタッフの作業が、適切な安全管理のもとすすめられるよう配慮する。
  • 監督の望む演出を実現するための手段として働く。
  • 監督の意向に応じて、シーンの真実らしさが確保されるよう演技指導・相談を行う。
  • 極度に肌を露出した撮影現場において何が期待されているのか、俳優らが理解し、俳優側が適切かつ継続的な合意 (informed and continued consent)のもとで演技できる環境をととのえる。

具体的には、性的シーンの撮影現場において、強い権限をもった監督の意向によって俳優側が自身の尊厳を犯される形で撮影を強いられることがないよう両者の意向を確認して効果的なシーンの撮影につなげる、女優が肌を露出するシーンで不要な見学者が入らぬよう調整する、といったケースが考えられている。

SAG-AFTRAは、この職分の導入によって、俳優側は撮影時の安全を確保して不必要な露出が避けられるほか、演出側にとっても、デリケートな場面の撮影をスムーズにすすめ場面自体の真実性も増すことができる、といったメリットがあるとしている。

製作プロセスの例

NHKのドラマ『大奥』に出演した高嶋政伸は、出演後、娘に性的暴行を加える役を演じたさいにインティマシー・コーディネーターがついた経験を振り返っている[19]

それによるとコーディネーターはまず監督に台本のカット割りをこまかくヒアリングし、それについて俳優側の意向を確認、さらに製作スタッフを交えてカメラ位置やアングル、俳優の体の動かし方などをこまかく検討したという[19]。ここで男優・女優が別の場所にいても撮影できるカット(男優の表情のクローズアップなど)は個別に撮影する、といった基本方針が相談された[19]

そして撮影当日は「暴行・乱暴・レイプ」といった言葉は、その場に俳優がいなくとも現場では一切口にしないようコーディネーターが呼びかけ、撮影内容を確認するモニターも許可されたもの以外はスタジオ内外ですべて消すといった配慮がなされている[19]

日本での導入事例

上記のIPAでトレーニングと認定を受けて日本で活動しているインティマシー・コーディネーターは、2024年4月時点で浅田智穂と西山ももこの2人である[20][21]

インティマシー・コーディネーターの語は、2022年度の「ユーキャン新語・流行語大賞」候補にノミネートされた[21][22]

製作年題名ジャンル製作・配給など
2021彼女[23]映画Netflix
2022サワコ〜それは、果てなき復讐テレビドラマTBS
2022エルピス-希望、あるいは災い-テレビドラマ関西テレビ
2022大奥[19]テレビドラマNHK
2022金魚妻テレビドラマNetflix
2023怪物映画GAGA
2023658km、陽子の旅映画カルチュア・パブリッシャーズ
2023正欲映画ビターズ・エンド
2023花腐し[24]映画東映ビデオ
202352ヘルツのクジラたち映画ギャガ
2023ミス・サイゴン舞台東宝
2024パレード映画Netflix
2024四月になれば彼女は映画東宝
2024シティーハンター[25]映画Netflix
2025(予定)べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜[26]テレビドラマNHK

脚注

出典

関連項目

関連文献

  • 西山ももこ 『インティマシー・コーディネーター--正義の味方じゃないけれど』(論創社 、2024)ISBN 978-4846022709
  • Brooke M. Haney ed., The Intimacy Coordinator's GuidebookSpecialties for Stage and Screen (Routledge, 2024) ISBN 978-1032531465

外部リンク