ウシケノリ綱
ウシケノリ綱(ウシケノリこう、学名: Bangiophyceae)は、食用として最も身近な海藻である海苔(アマノリ類)を含む多細胞性紅藻の一群。大型の配偶体(図1)と微小な胞子体の間で世代交代を行い、配偶体と胞子体は大きさ以外にもさまざまな点で異なる特徴をもつ。食用とするのは配偶体であり、ふつう冬期に潮間帯で見られる。
ウシケノリ綱 | ||||||||||||||||||
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1. Wildemania abyssicola | ||||||||||||||||||
分類 | ||||||||||||||||||
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学名 | ||||||||||||||||||
Bangiophyceae Wettstein, 1901 | ||||||||||||||||||
下位分類 | ||||||||||||||||||
古くは真正紅藻以外の全ての紅藻(チノリモ類やオオイシソウ類など)が Bangiophyceae(または Bangiophycidae)に分類され、和名はふつう原始紅藻綱(または原始紅藻亜綱)とされていた[注 1]。しかしその後、分子系統学的研究などに基づいて Bangiophyceae は現在の範囲になり、和名もウシケノリ綱となった。
特徴
大きさ・形の全く異なる配偶体と胞子体の間で異形世代交代を行う[3][4][2][5][6](図3)。配偶体は巨視的な多列糸状体(ウシケノリ属など)または1(ときに2)細胞層の膜状体(アマノリ類と総称される)であり、付着器によって基物に付着している[7](下図2)。一方、胞子体は微小な分枝糸状体であり、ふつう貝殻に穿孔している [コンコセリス期 (conchocelis phase) ともよばれる[注 2]]。配偶体は分散成長(特定の分裂細胞をもたない)、胞子体は頂端成長を行う。配偶体は細胞間にピットプラグを欠くが、胞子体はピットプラグをもつ[8]。
細胞は細胞壁で囲まれる。細胞壁の主要繊維多糖は、配偶体ではキシランやマンナン、胞子体ではセルロース[9]。細胞はふつう単核性。葉緑体は紅色を呈し、配偶体では細胞中央に位置する中軸性で星形、胞子体では細胞膜に沿った側膜性で盤状[10]。葉緑体はふつう埋没型ピレノイドをもつ。配偶体は周縁チラコイドを欠くが、胞子体はこれをもつ。カロテノイドとしてゼアキサンチン、ルテイン、β-カロテン、α-カロテンをもつ[11]。ゴルジ体シス面は小胞体・ミトコンドリア複合体に面する。低分子炭水化物としてフロリドシドとイソフロリドシドをもつ[12]。
配偶体 (gametophyte) は雌雄異株または雌雄同株であり、雌雄同株の場合、1個の配偶体内における雌雄(造果器と造精器)の分布様式に多様性を示し、混在型と分離型(班状型、縦二分型など)がある[7][6]。精子嚢内には多数の不動精子 (spermatia) が形成され、放出された不動精子は造果器(卵細胞)の突起である受精突起(受精丘, prototrichogyne, trichogynes; ときに明らかではない)に付着、受精する[4][2][13](図3(2–5))。受精した造果器(接合子)は分裂して複数の果胞子 [carpospore; 接合胞子 (zygotospore) とよばれることがある[14]] を形成する(図3(6–7))果胞子は発芽して糸状の胞子体 (sporophyte; コンコセリス期) となり、ふつう貝殻に穿孔する(図3(8–9))。ゲノム情報からは、炭酸脱水酵素を分泌することによって炭酸カルシウムを溶かしていることが示唆されており、これによって胞子体は光合成のための二酸化炭素を得ていると考えられている[15]。胞子体は殻胞子 (conchospore) を形成し、殻胞子は発芽時に減数分裂して単相の配偶体に戻る(図3(10–12))。殻胞子形成を省略し、胞子体が直接減数分裂して配偶体を形成する例もある(例: カイガラアマノリ)[16]。配偶体は、原胞子 (archespore; 栄養細胞1個が1個の胞子になる) や中性胞子 (neutral sproe; 栄養細胞の分裂によって形成される胞子) を放出し、再び配偶体を形成する無性生殖を行うことがある[4][6][14]。また胞子体も原胞子によって無性生殖することがある。さらに、受精を経ずに形成された果胞子様の胞子(無配胞子 agamospore[14][注 3])が、胞子体(の形をした体)へと成長することもある。
生態
ウシケノリ綱の種はふつう沿岸域から汽水域に生育し、配偶体は特に潮間帯上部で目立つが(下図4)、潮下帯に生育する種もいる[17]。岩などの基質に着生していることが多いが、他の海藻、抽水植物、貝殻などに付着している例もある[7](下図4c)。配偶体はふつう冬期に出現するが、夏期に出現するものや、一年中見られる種もある。胞子体は微細なため野外で見つかることはまれだが、貝殻など石灰質基質に穿孔して生きている[4]。配偶体に比べて胞子体は乾燥や強光に弱く、主に潮下帯に生育しているものと考えられている[17]。また淡水域から見つかる種もおり、タニウシケノリ (Bangia atropurpurea) は河川に生育する[18][19]。
日本における環境省レッドリスト2020では、コスジノリ (Porphyra angusta) が絶滅種に、タニウシケノリ、アサクサノリ (Neopyropia tenera)、カイガラアマノリ (Neopyropia tenuipedalis)、マルバアサクサノリ (Neopyropia kuniedae) が絶滅危惧I類に、ソメワケアマノリ (Neopyropia katadae) が準絶滅危惧に、ウタスツノリ (Neopyropia kinositae)、カヤベノリ (Neopyropia moriensis)、タネガシマアマノリ (Phycocalidia tanegashimensis)、ベニタサ (Wildemania amplissima)、キイロタサ (Wildemania occidentalis) が情報不足に指定されている[20]。
人間との関わり
ウシケノリ綱に属するアマノリ類(特にスサビノリ)は、最も消費量が多い食用海藻である。日本では、おにぎりや寿司、味付け海苔などの形でアマノリ類は大量に流通しており(下図5a, b)、またアマノリ類の養殖も盛んに行われている[17](下図5c, d)。2017度における日本の"海苔"(緑藻のヒトエグサなども含む)の年間生産量は約30万トン[21]、産出額は1,167億円に達する[22]。
日本では、古くからアマノリ類を食用として利用してきた(下図5e)。『大宝律令』(701年)では「紫菜」と記され、租庸調における調の1つとされていた[17]。江戸時代には板海苔が生産されるようになり、またアマノリ類の養殖が行われるようになった[23]。当初は江戸湾で干潟に枝("ひび"とよばれる)を立て、そこに付着したアマノリ類(おそらく主にアサクサノリ)が採取されていたと考えられている[17]。その後、浅海域に網を張って野生の殻胞子を網に付着させ(天然採苗)、これを育苗することで配偶体 [葉状体 (blade phase) とよばれる] を得るようになった[23]。
やがて ドリュー (1949) によってアマノリ類の生活環が明らかになり[3]、胞子体(糸状体とよばれる)を用いた人工採苗技術が確立された。現在では、葉状体から採取した果胞子を発芽させて得た胞子体(フリー糸状体)をカキ殻に植え付けて貝殻糸状体を作製し、そこから放出された殻胞子を網に付着させることで人工的に葉状体を採苗する[17][23]。この網を海に張って育苗し、そのまま養殖(秋芽網)、または 2–3 cm になったものを冷凍保存して随時出荷する(冷凍網)[17][23]。養殖は、干潟などで支柱に網を固定する支柱式と、水面に浮かべた枠に網を張る浮流し式がある[17][23](下図5d)。網は潮汐に応じて干出させる場合と、水面で養殖を続ける場合がある。採苗から1ヶ月ほどで摘採対象になり、1つの網から7–10日間隔で4〜5回摘採することが可能である[17]。
古くはおそらくアサクサノリが主に利用されていたが、病害に強いことや板海苔にしたときに色艶がよいことからスサビノリが利用されるようになり、さらに1967年には成長が極めてよいスサビノリの品種であるナラワスサビノリ (Neopyropia yezoensis f. narawaensis) が選抜され、現在では日本で養殖されるアマノリ類のほとんどはナラワスサビノリであるとされる[17]。一方でアサクサノリは、2020年現在では絶滅危惧種に指定されている[20]。またウップルイノリ (Pyropia pseudolinearis) やオニアマノリ (Neoporphyra dentata) などの野生個体は、「岩海苔」として珍重されている。
アマノリ類の養殖は、日本以外でも韓国や中国で広く行われている。韓国では、スサビノリ、マルバアサクサノリ、オニアマノリ、イチマツノリ (Neoporphyra seriata) などが用いられている[24][25][26]。また中国では、スサビノリの他に、ハイタンアマノリ (Neoporphyra haitanensis) が広く用いられている[27][28]。
英国ウェールズ地方などでは、アマノリ類である Porphyra umbilicalis がレイヴァー (laver)[注 4] とよばれ、古くから食用とされている(図6)。ウシケノリ綱の生活環を始めて明らかにした研究では、この種が材料に使われていた[3]。またカナダやハワイ、フィリピンなどでもアマノリ類を食用とすることがある[29]。
系統と分類
古くは、真正紅藻以外の紅藻は全て Bangiophyceae または Bangiophycidae に分類されていた(和名ではそれぞれ原始紅藻綱、原始紅藻亜綱とよばれることが多かった[注 1])。しかしこのまとまりは単系統群ではないため、現在ではウシケノリやアマノリの仲間だけが Bangiophyceae(範囲が変わったため現在ではウシケノリ綱とよばれる)に分類されるようになった[30][31][32][33][34]。これら以外の「原始紅藻」はチノリモ綱、ロデラ綱、ベニミドロ綱、オオイシソウ綱、イデユコゴメ綱に移された[31][32][33][34]。紅色植物の中で、ウシケノリ綱は真正紅藻綱の姉妹群であると考えられており、両者を合わせて"真正紅藻亜門"[1] (Eurhodophytina) に分類することが提唱されている[30][35][36]。
カナダから、約12億年前の化石種として Bangiomorpha pubescens が報告されている[37]。この種は、その名のように現生のウシケノリ属 (Bangia) に類似しており、一般的に紅藻であると考えられている。この化石は、多細胞性真核生物および有性生殖の存在を示唆するものとして、広く受け入れられている最古の化石でもある。
2020年現在、現生種としてはおよそ180種が知られており、1目1科20属ほどに分類されている[38][39][40]。古くは糸状の Bangia と膜状の Porphyra のみが認識されていたが、分子系統学的研究からはこれらの属が非単系統群であることが示され、ウシケノリ綱の中でこのような形の平行進化が頻繁に起こったことが示唆されている(下図7)。2020年現在では分子情報に基づいてこれらの属は分割され、多数の属が新設されている[39][40][41][42]。その過程でよく知られた属であった Porphyra (アマノリ) は解体され、2011年にはアサクサノリやスサビノリなど食用として日本人に身近なアマノリ類は Pyropia に移された[41]。さらに2020年には Pyropia も解体され、アサクサノリやスサビノリは Neopyropia に移された[40]。2020年現在の一般的な属までの分類体系を以下に示す[38][43](下表1)。
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7. ウシケノリ綱内の系統仮説の一例[40][41][44].● = アマノリ型 (膜状)、■ = ウシケノリ型 (多列糸状). 二重線は非単系統群であることを示す. |
表1. ウシケノリ綱の属までの分類体系の一例と代表種[39][40][45][43] (2020年現在)
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脚注
注釈
出典
関連項目
外部リンク
- 鈴木雅大 (2020年8月14日). “ウシケノリ綱 Class Bangiophyceae”. 写真で見る生物の系統と分類. 生きもの好きの語る自然誌. 2022年1月9日閲覧。
- 鈴木雅大 (2021年10月29日). “ウシケノリ目”. 日本産海藻リスト. 生きもの好きの語る自然誌. 2022年1月9日閲覧。
- “一般財団法人 海苔増殖振興会”. 2022年1月9日閲覧。
- “海苔ができるまで”. 山本海苔店. 2022年1月9日閲覧。
- Class: Bangiophyceae. AlgaeBase. (英語) (2020年7月23日閲覧)