エライオソーム

エライオソーム (: elaiosome) は、脂質などに富んだ種子(または果実)の付属構造のことであり(図1)、アリを誘引する。アリはエライオソームをつけた種子をまで運び、エライオソームを食料とし種子本体を巣の付近に廃棄することで種子は散布される。エライオソームはその機能に基づいた名称であり、形態学的にはさまざまな由来の構造が含まれる。アリによって種子散布される植物は比較的多く、エライオソームは被子植物の約4.5%の種(約11,000種)から報告されている。日本で見られるエライオソームをもつ植物としては、カタクリスズメノヤリムラサキケマンアケビスミレホトケノザなどがある。

1. エライオソームをつけたさまざまな種子[注 1]

特徴

エライオソームは脂質アミノ酸などを含む、種子(または小型の果実)の付属構造であり、アリを誘引する[1][2][3][4][5](下図2a)。実験的にエライオソームを除去した種子は、アリに収穫されない[1][6]。ふつうアリはエライオソームをつけた種子をへと持ち帰り、エライオソームの部分を切り取って食料にするとともに、種子本体を巣の中または巣の近くに廃棄する[1][2][3][7][8][9]。このような種子散布は、アリ散布(myrmecochory)とよばれる[3][2][8][10]

このようなアリによる種子散布は、アリと植物双方に利益がある相利関係である。植物にとっては、種子が食害から逃れ、競争を避ける遠距離へ散布され、栄養分に富む環境で発芽できるなどの利点があると考えられている[1][7]。一方でエライオソームはアリにとって重量な食料であり、アリの繁殖率や適応度を増加させることが報告されている[2]。またより多くのエライオソームを食べた幼虫は、女王になる傾向があることが報告されており、このことはエライオソームの栄養価が高いことを示唆している[2]

エライオソームの大きさや形、化学組成、種子を含む重量などは植物のによって異なり、運搬するアリの種類や運搬されやすさに関わることが示されている[1][2]。また少なくとも一部のエライオソームは、成分によって昆虫の死骸を模していることが示唆されている[2][11]

アリ散布を行う植物の中には、別の種子散布様式を併用している例(二重散布[4])もある。スミレ属の果実は蒴果であり、裂開・収縮して種子を弾き飛ばし(自動散布)、これがさらにアリ散布される[4][12][13][14]。スミレ属の中でアオイスミレの果実は射出能をもたず、代わりに他種に比べてエライオソームが非常に大きい[13]アケビアオモジの果実は液果であり、動物に食べられて排出されることで種子散布(被食散布)されるが、種子にはエライオソームがあり、排出された種子がさらにアリによって散布される[4]

2a. エライオソームをつけたエニシダ属マメ科)の種子を運ぼうとするアリ
2b. トウダイグサ属トウダイグサ科)の種子(エライオソームはカルンクル)
2c. キケマン属ケシ科)の種子(エライオソームはストロフィオール)
2d. エライオソームをつけたカナムグラアサ科)の果実痩果

形態学的には、エライオソームの由来は多様であり、下記の構造がエライオソームとして機能することがある[7][5]。下記のうち、カルンクルとストロフィオールはあわせて種枕(しゅちん、種阜)とよばれるが、カルンクルのみを狭義の種枕とすることもある[5]。また、下記のうち仮種皮と偽仮種皮を区別せずにともに仮種皮とよぶことも多い[5]

  • カルンクル(カルンクラ; caruncle)[5][7][15][16]: 珠孔付近の珠皮に由来する多肉質の付属物(上図2b)
  • ストロフィオール(strophiole)[5][7][16]: 珠柄付近(へそ)の珠皮に由来する多肉質の付属物(上図2c)
  • 珠柄(funicle, funiculus)[7]: 胚珠本体と胎座をつなぐ構造
  • 仮種皮(種衣; aril, arillus)[5][7][16]: 珠柄またはその付近の組織が発達し、種子全体を覆うようになった構造
  • 偽仮種皮(偽種衣; arilloid)[5][7]: 珠孔付近の組織が発達し、種子全体を覆うようになった構造
  • 種皮(seed coat, testa)[5][7]: 珠皮に由来する種子の外皮構造であり、多肉質のこともある(sarcotesta)

多くの場合、エライオソームは種子についているが、果実(種子を1個含む小型の果実)がエライオソームをつけてアリによって散布されるものもある(上図2d)。このような果実のエライオソームは、外果皮花托などに由来する[7]。果実がエライオソームをつけてアリ散布される例として、ホトケノザシソ科)やカナムグラアサ科)、アオスゲカヤツリグサ科)などがある[7][4]

進化

エライオソームは、少なくとも被子植物の77、334、約11,000から報告されており、種数としては被子植物の4.5%に達する[7](下表1)。これらの植物は系統的には多様であり、エライオソームによる種子のアリ散布は、被子植物の中で少なくとも101回独立に進化したと考えられている[7]。1つの科の中でアリ散布が複数回(2–12回)進化したと考えられる例もある[7]キク科トウダイグサ科マメ科など)。イヌサフラン科やオオホザキアヤメ科、ギロステモン科、ビャクブ科ではほぼすべての属がアリ散布種を含む[7]。地理的には、全北区とオーストラリア、南アフリカに多い[7]

表1. エライオソームをもつ植物の一覧[7]
(各属のすべての種がもつわけけではない[4]種数
コショウ目ウマノスズクサ科Asarum (カンアオイ属), Saruma86
コショウ科Peperomia (サダソウ属)1600
クスノキ目クスノキ科Lindera (クロモジ属)[4]
サトイモ目サトイモ科Philodendron (フィロデンドロン属), Anthurium (アンスリウム属)1524
タコノキ目ビャクブ科Stemona (ビャクブ属), Pentastemona, Croomia (ナベワリ属), Stichoneuron27
ユリ目イヌサフラン科Colchicum (イヌサフラン属), Androcymbium, Merendera, Bulbocodium, Hexacyrtis, Ornithoglossum, Sandersonia (サンダーソニア属), Gloriosa (グロリオサ属), Baeometra, Neodregea, Wurmbea, Camptorrhiza, Iphigenia, Schelhammera, Tripladenia, Disporum (チゴユリ属), Uvularia, Kuntheria, Burchardia245
ユリ科Erythronium (カタクリ属), Gagea (キバナノアマナ属), Scoliopus104
シュロソウ科Trillium (エンレイソウ属)38
キジカクシ目キンバイザサ科Curculigo (キンバイザサ属)20
テコフィレア科Cyanastrum7
アヤメ科Iris (アヤメ属), Patersonia (パテルソニア属), Witsenia, Klattia302
ワスレグサ科Caesia, Hensmania, Johnsonia, Arnocrinum58
ヒガンバナ科Leucojum (スノーフレーク属), Galanthus (スノードロップ属), Narcissus (スイセン属), Sternbergia (キバナタマスダレ属), Vagaria, Lapiedra, Hannonia, Pancratium414
キジカクシ科Lachenalia (ラシュナリア属), Ornithogalum (オオアマナ属), Puschkinia, Scilla (オオツルボ属), Chionodoxa (チオノドクサ属), Lomandra404
ヤシ目ダシポゴン科Dasypogon4
ショウガ目ショウガ科Globba, Roscoea, Renealmia172
クズウコン科Calathea257
オオホザキアヤメ科Monocostus, Dimerocostus, Tapeinochilos, Cheilocostus, Costus, Paracostus, Chamaecostus73
イネ目パイナップル科Aechmea, Nidularium235
イグサ科Luzula (スズメノヤリ属)115
カヤツリグサ科Lepidosperma, Dichromena, Carex (スゲ属)57
サンアソウ科Restio88
イネ科Chionachne, Cryptochloa, Rottboelia, Sieglingia, Triodia, Melica (コメガヤ属)168
キンポウゲ目ケシ科Corydalis (キケマン属), Dicentra (コマクサ属), Adlumia, Dactylocapnos, Rupicapnos, Pseudofumaria, Cysticapnos, Dendromecon, Sanguinaria, Chelidonium (クサノオウ属), Eomecon (シラユキゲシ属), Macleaya (タケニグサ属), Bocconia, Hylomecon (ヤマブキソウ属), Stylophorum485
アケビ科Akebia (アケビ属)[4]
メギ科Epimedium (イカリソウ属), Vancouveria, Bongardia, Gymnospermium79
キンポウゲ科Anemone (イチリンソウ属), Delphinium (オオヒエンソウ属), Ficaria (キクザキリュウキンカ属), Helleborus (ヘレボルス属), Hepatica (ミスミソウ属), Trollius (キンバイソウ属), Adonis (フクジュソウ属)470
ヤマモガシ目ヤマモガシ科Grevillea, Mimetes, Orothamnus, Leucospermum, Diastella, Sorocephalus, Spatalla, Paranomus, Vexatorella, Serruria, Leucadendron, Adenanthos568
ツゲ目ツゲ科Buxus (ツゲ属), Notobuxus90
ビワモドキ目ビワモドキ科Hibbertia, Adrastaea, Pachynema124
ハマビシ目ハマビシ科Zygophyllum, Augea, Fagonia120
ニシキギ目ニシキギ科Psammomoya2
カタバミ目ホルトノキ科Tetratheca39
キントラノオ目アカリア科Acharia1
スミレ科Rinorea, Viola (スミレ属), Hybanthus565
トケイソウ科Turnera100
トウダイグサ科Acalypha (エノキグサ属), Croton (ハズ属), Bertya, Beyeria, Ricinocarpos, Claoxylon, Conceveiba, Euphorbia (トウダイグサ属), Chamaesyce (ニシキソウ属), Synadenium, Monadenium, Pedilanthus, Neoguillauminia, Calycopeplus, Anthosterna, Dichostemma, Jatropha (タイワンアブラギリ属), Mercurialis (ヤマアイ属), Monotaxis, Adriana, Amperea, Pera, Clutia, Chaetocarpus, Seidelia2750
コミカンソウ科Breynia35
ピクロデンドロン科Picrodendron, Micrantheum, Oldfieldia, Stachystemon, Aristogeitonia, Scagea82
マメ目ヒメハギ科Polygala (ヒメハギ属), Bredemeyera, Muraltia, Nylandtia, Heterosamara, Salomonia (ヒナノカンザシ属), Comesperma, Monnina, Securidaca910
マメ科Acacia (アカシア属), Cytisus (エニシダ属), Daviesia, Viminaria, Erichsenia, Goodia, Bossiaea, Platylobium, Muelleranthus, Ptychosema, Aenictophyton, Hardenbergia, Kennedia, Hovea, Templetonia, Lamprolobium, Petalostylis, Pultenaea, Ulex (ハリエニシダ属), Stauracanthus2401
バラ目バラ科Aremonia, Potentilla (キジムシロ属)331
クロウメモドキ科Phylica, Trichocephalus, Pomaderris, Spyridium, Trymalium, Siegfriedia, Cryptandra, Stenanthemum323
アサ科Humulus (カラハナソウ属)[4]
イラクサ科Parietaria (ヒカゲミズ属)10
フトモモ目フトモモ科Myrtus (ギンバイカ属)2
ペナエア科Penaea, Brachysiphon, Endonema, Saltera, Stylapterus23
ムクロジ目ミカン科Asterolasia, Brombya, Medicosma, Phebalium, Microcybe79
ムクロジ科Cardiospermum (フウセンカズラ属), Dodonaea (ハウチワノキ属)131
アブラナ目パパイア科Carica (パパイア属)23
ギロステモン科Gyrostemon, Codonocarpus, Walteranthus, Tersonia18
モクセイソウ科Reseda (モクセイソウ属)65
フウチョウソウ科Cleome (フウチョウソウ属), Podandrogyne276
アオイ目アオイ科Gossypium (ワタ属), Lasiopetalum, Hannafordia, Maxwellia, Thomasia, Guichenotia, Commersonia, Rulingia, Keraudrenia, Seringia, Sterculia329
ビャクダン目ビャクダン科Thesium (カナビキソウ属), Osyridicarpos23
ツチトリモチ科Mystropetalon1
ナデシコ目マカルトゥリア科Macarthuria12
ナデシコ科Arenaria (ノミノツヅリ属)、Moehringia (オオヤマフスマ属)246
ヒユ科Sclerolaena, Dissocarpus, Maireana125
ハマミズナ科Gunniopsis, Sesuvium (ミルスベリヒユ属), Trianthema (スベリヒユモドキ属)44
スベリヒユ科Claytonia, Montia (ヌマハコベ属)41
サボテン科Aztekium (アズテキウム属), Blossfeldia, Frailea (フライレア属), Setiechinopsis, Gymnocalycium (ギムノカリキウム属)83
ツツジ目サクラソウ科Cyclamen (カガリビバナ属), Primula (サクラソウ属)450
ツツジ科Leucopogon, Brachyloma, Monotoca246
ムラサキ目ムラサキ科Nemophila (ルリカラクサ属), Omphalodes (ルリソウ属), Pentaglottis, Borago, Symphytum (ヒレハリソウ属), Nonea, Elizaldia, Paraskevia, Pulmonaria (ヒメムラサキ属), Brunnera, Trachystemon, Phyllocara, Hormuziaka, Anchusa (ウシノシタグサ属)211
リンドウ目アカネ科Opercularia, Pomax, Theligonium23
キョウチクトウ科Hoya (サクララン属), Dischidia (マメヅタカズラ属), Absolmsia, Micholitzia, Madangia284
シソ目イワタバコ科Chrysothemis, Codonanthe46
ハマウツボ科Melampyrum (ママコナ属), Pedicularis (シオガマギク属)385
シソ科Ajuga (キランソウ属), Ballota, Lamium (オドリコソウ属), Rosmarinus (ローズマリー属), Teucrium (ニガクサ属)542
ナス目ナス科Datura (チョウセンアサガオ属), Markea53
キク目キキョウ科Phyteuma40
ミツガシワ科Villarsia14
クサトベラ科Dampiera, Goodenia, Scaevola (クサトベラ属), Verreauxia, Velleia, Coopernookia416
キク科Amberboa (ニオイヤグルマ属), Volutaria, Mantisalca, Cyanopsis, Goniocaulon, Plagiobasis, Karvandarina, Russowia, Tricholepis, Carduus (ヒレアザミ属), Centaurea (ヤグルマギク属), Chrysogonum, Cirsium (アザミ属), Cullumia, Dymondia, Euryops, Galactites, Osmitopsis, Osteospermum, Wedelia1251
ブルニア目ブルニア科Audouinia, Lonchostoma11
セリ目セリ科Platysace, Xanthosia, Actinotus68
マツムシソウ目スイカズラ科Knautia, Scabiosa (マツムシソウ属), Fedia143

脚注

注釈

出典

外部リンク