サンドロ・コルテセ

サンドロ・コルテセSandro Cortese1990年1月6日 - )は、ドイツ・オクセンハウゼン出身の元オートバイレーサー。現在ベルクハイムに在住。

サンドロ・コルテセ
2012年 オーストラリアGP
国籍ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1990-01-06) 1990年1月6日(34歳)
オクセンハウゼン
現在のチームインタクト・レーシング・チーム・ジャーマニー
ゼッケン11
レースでの経歴
ロードレース世界選手権 Moto2クラス
活動期間2013年-2017年
マニファクチャラーカレックス
チャンピオン0
2017年 順位18位 (43ポイント)
出走回数勝利数表彰台PPFL総ポイント
880300301
ロードレース世界選手権 Moto3クラス
活動期間2012年
マニファクチャラーKTM
チャンピオン1
2012年 順位1位 (325ポイント)
出走回数勝利数表彰台PPFL総ポイント
9951574325
スーパーバイク世界選手権
活動期間2019年2020年
マニファクチャラー
チャンピオン0
2020年 順位19位 (14ポイント)
出走回数勝利数表彰台PPFL総ポイント
430000148

経歴

キャリア初期

イタリア系ドイツ人であるコルテセは、4歳のときにモトクロスレースを始める。1999年、9歳のときにはポケットバイクのヨーロッパタイトルを獲得し、2002年にはドイツ国内のミニバイクチャンピオンとなった。2003年には元世界チャンピオンのダーク・ラウディス率いるチームからIDMドイツロードレース選手権125ccクラスにデビューすると、4度ポールポジションを獲得しシリーズランキング4位に入る活躍を見せたが、翌2004年にはシリーズ10位に沈んでしまった[1]

ロードレース世界選手権

2005年には、キーファー・ボス・カストロール・ホンダチームからロードレース世界選手権125ccクラスにデビューを果たした。初年度は3戦で14位に入ったのが最高位で、シリーズランキングは26位に留まった。

2006年、コルテセはエリー・カフェラテチームに移籍し、前年度のチャンピオントーマス・ルティのチームメイトを務めることとなった。マシンは前年と同じくホンダ・RS125Rを駆り、第16戦ポルトガルGPで最高位となる10位を記録、シリーズ17位と成績を着実に伸ばした。

2007年シーズン、チームメイトのルティは250ccクラスに移り、チームは「エミ・カフェラテ」に改名。125ccクラスでは1台体制となったコルテセはマシンをアプリリアに変更した。開幕前のスペインでのテストでは、ホンダとはマシン特性が全く違うことに気付いたが、コルテセは進歩を続けて、7位を最高位にトップ10圏内でのフィニッシュを何度も重ね、66ポイントの獲得でシリーズ14位を記録した。

前年の活躍が評価され、2008年にはファクトリーマシンのアプリリア・RSA125が与えられた。シーズン序盤は若干苦戦したものの、第6戦イタリアGPで8位に入って以降は、全てのレースで1ケタ順位でのフィニッシュを成し遂げた。第16戦オーストラリアGPではレースをリード中に転倒したものの、復帰して6位でフィニッシュ、第17戦マレーシアGPでは予選18番手からのスタートになったものの、ファステストラップを叩き出してこのシーズン最高位となる4位に入賞した。結局このシーズン、コルテセは125ccクラスライダー中唯一となる全戦完走を達成し、第4戦中国GP以外ではポイントを獲得、シリーズランキング8位に入る活躍を見せた。

2009年シーズンは、前年にチャンピオンのマイク・ディ・メッリオを輩出したフィンランドアジョ・モータースポーツチームに移籍し、ドミニク・エガーターをチームメイトにデルビ・RSA125(同じピアジオ傘下のアプリリアと同じマシン)を駆ることになった。開幕戦カタールGPで自身初の表彰台(3位)に立ち、第7戦ダッチTTでは初のポールポジションを獲得、第14戦ポルトガルGPではブラッドリー・スミスと優勝争いを展開して2位表彰台を獲得するなどの活躍を見せ、シリーズ6位を記録した。

2010年、コルテセはアジョに残留し、前年一杯でGPから撤退したKTMワークスに所属していたマルク・マルケスをチームメイトに迎えた。マルケスがシーズン10勝を挙げてチャンプに輝いた一方、コルテセはトップから離れた第二集団でのレースが多く、表彰台獲得は第8戦地元ドイツGPでの3位と第11戦インディアナポリスGPでの2位の2度に留まり、年間ランキングは前年から1つ落として7位に終わった。

2011年シーズンはレーシング・チーム・ジャーマニーに移籍、グランプリ7年目のシーズンを迎える[2]。2005年のデビュー以来、コルテセは1戦も欠場することなく参戦を続けており、2011年の開幕戦で100戦目となる。

スーパーバイク世界選手権

2020年カワサキ・レーシングチーム ワールドSBKから出場したが、第3戦ポルティマオでの衝突事故で対麻痺を引き起こし、回復の兆しが無いためこの年限りでライダーを引退することをインスタグラムで伝えている[3]

引退後

スポンサー企業であるGutmann Gruppe に勤務予定。


ロードレース世界選手権 戦績

シーズンクラスチームメーカーマシン出走優勝表彰台PPFLポイントシリーズ順位
2005年125cc キーファー・ボス・カストロール・ホンダホンダRS125R160000826位
2006年125cc エリー・カフェラテホンダRS125R1600002317位
2007年125cc エミ・カフェラテアプリリアRS1251700006614位
2008年125cc エミ・カフェラテアプリリアRSA1251700011418位
2009年125cc アジョ・インターウェッテンデルビRSA1251603121306位
2010年125cc アジョ・モータースポーツデルビRSA1251702121437位
2011年125cc インパクト・レーシング・チーム・ジャーマニーアプリリアRSA125
合計990525511

脚注

外部リンク