シトクロムb6f複合体

シトクロムb6f複合体: cytochrome b6f complex、略称: Cyt b6f)またはプラストキノール-プラストシアニンレダクターゼプラストキノール-プラストシアニンオキシドレダクターゼ: plastoquinol/plastocyanin reductase or plastoquinol/plastocyanin oxidoreductaseEC 7.1.1.6)は植物の葉緑体シアノバクテリア緑藻チラコイド膜に存在する酵素であり、プラストキノールからプラストシアニンへの電子伝達、すなわち次の反応を触媒する。

Cytochrome b6f complex
クラミドモナスChlamydomonas reinhardtii由来シトクロムb6f複合体の結晶構造(1q90)。脂質二重層の境界が赤と青の線(それぞれチラコイド内腔側とストロマ側)で示されている。
識別子
略号B6F
PfamPF05115
InterProIPR007802
TCDB3.D.3
OPM superfamily92
OPM protein4pv1
Membranome258
利用可能な蛋白質構造:
Pfamstructures
PDBRCSB PDB; PDBe; PDBj
PDBsumstructure summary
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Cytochrome b6f complex
識別子
EC番号7.1.1.6
CAS登録番号79079-13-3
別名Plastoquinol/plastocyanin reductase
データベース
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プラストキノール + 2 酸化型プラストシアニン + 2 H+ [side 1] プラストキノン + 2 還元型プラストシアニン + 4 H+ [side 2][1]

この反応は、ミトコンドリア電子伝達系においてシトクロムbc1複合体(複合体III)によって触媒される反応と類似している。光合成反応において、シトクロムb6f複合体は光化学系IIから光化学系Iへの電子伝達を媒介する段階の1つとなっており、またそれと同時にチラコイド内腔へプロトンをくみ出し、電気化学的勾配(エネルギー勾配)の形成に寄与している[2]。この勾配は後にADPからATPを合成する過程で利用される。

構造

シトクロムb6f複合体は二量体であり、各単量体は8つのサブユニットから構成される[3]c型シトクロム英語版であるシトクロムf英語版(32 kDa)、低電位と高電位の2分子のヘムを結合するシトクロムb6(25 kDa)、[2Fe-2S]型鉄硫黄クラスターを有するリスケタンパク質英語版(19 kDa)、そしてサブユニットIV(17 kDa)という4つの大きなサブユニットに加えて、PetG、PetL、PetM、PetNという4つの小さなサブユニット(3-4 kDa)が含まれる[3][4]。二量体全体では、217 kDaの大きさになる。

シトクロムb6f複合体の結晶構造は、クラミドモナスChlamydomonas reinhardtii、イデユアイミドリMastigocladus laminosus、シアノバクテリアNostoc sp. PCC 7120由来のものが決定されている[2][5][6][7][8][9]

シトクロムb6f複合体のコア構造はシトクロムbc1複合体のコアと類似している。シトクロムb6とサブユニットIVはシトクロムbと相同であり[10]、両複合体のリスケ鉄硫黄タンパク質も相同である[11]。一方、シトクロムfシトクロムc1英語版は相同ではない[12]

シトクロムb6f複合体には7つの補欠分子族が含まれている[13][14]。そのうち4つはシトクロムb6f複合体とシトクロムbc1複合体で共通しており、ヘムcがシトクロムc1とシトクロムfに、2つのヘムbがシトクロムbとシトクロムb6に、[2Fe-2S]クラスターがリスケタンパク質に含まれている。シトクロムb6f複合体に固有の3つの補欠分子族は、クロロフィルaβ-カロテン、ヘムcn(ヘムx)である[5]

シトクロムb6f複合体のコア内部の各単量体間の空間は脂質で埋まっており、タンパク質内の誘電環境を調節することでヘム-ヘム間の電子伝達に方向性をもたらしている[15]

生物学的機能

タバコNicotiana tabacumの野生型(左)とシトクロムb6fの変異異体(右)。こうした植物は循環的光リン酸化の研究に利用される。

光合成においてシトクロムb6f複合体は、2つの光合成反応中心複合体である光化学系IIと光化学系Iの間の電子とエネルギーの伝達を媒介する機能を果たす。この過程で、葉緑体のストロマから内腔へプロトンがチラコイド膜を越えて輸送される[2]。シトクロムb6f複合体を介した電子伝達はプロトン勾配の形成を担い、葉緑体でのATP合成を駆動する[4]

チラコイド膜での光化学反応の概略図

還元型フェレドキシンからNADP+への電子伝達ができない場合、シトクロムb6f複合体は循環的光リン酸化(cyclic photophosphorylation)に中心的役割を果たす[16]。このサイクルはP700+英語版のエネルギーによって駆動され、ATP合成を駆動するプロトン勾配の形成に寄与する。このサイクルは光合成に必要不可欠であることが示されており[17]炭素固定のための適切なATP/NADPH生成比の維持を補助している[18][19]

シトクロムb6f複合体内のpサイド(内腔側)キノール脱プロトン化-酸化反応は、活性酸素種の産生に関与していることが示唆されている[20]。キノール酸化部位に位置するクロロフィル分子は活性酸素種の形成率を高める、非光化学的な構造的機能を果たしていることが示唆されており、おそらく細胞内の酸化還元シグナル伝達と関連している[21]

反応機構

シトクロムb6f複合体は、2つの可動性酸化還元キャリア、プラストキノール(QH2)とプラストシアニン(Pc)の間の非循環的電子伝達(1)と循環的電子伝達(2)を担う。

H2O光化学系IIQH2Cyt b6fPc光化学系 INADPH(1)
QH2Cyt b6fPc光化学系 IQ(2)

シトクロムb6f複合体は、QH2からPcへの電子伝達を媒介し、その間に2つのプロトンをストロマからチラコイド内腔へくみ出す。反応は次のようにまとめられる。

QH2 + 2Pc(Cu2+) + 2H+ (stroma) → Q + 2Pc(Cu+) + 4H+ (lumen)[16]

この反応は複合体IIIと同じくQサイクル英語版によって行われる[22]。QH2は電子キャリアとして機能し、電子分岐英語版と呼ばれる過程で2つの電子をhigh-potential electron transport chain(ETC)とlow-potential ETCへ伝達する[23]。複合体では最大3つのQH2分子が電子伝達ネットワークを形成しており、光合成におけるQサイクルの作動、酸化還元センサー、触媒機能を担っている[24]

Qサイクル

シトクロムb6f複合体におけるQサイクル

[22][23]

前半

  1. QH2が複合体のpサイド(内腔側)に結合する。high-potential ETCの鉄硫黄中心によってセミキノン(SQ)へと酸化され、チラコイド内腔へ2つのプロトンが放出される。
  2. 還元された鉄硫黄中心は、シトクロムfを介して電子をPcへ伝達する。
  3. Low-potential ETCでは、SQが電子をシトクロムb6のヘムbpへ伝達する。
  4. ヘムbpが電子をヘムbnへ伝達する。
  5. ヘムbnの1電子がプラストキノン(Q)を還元し、SQが形成される。

後半

  1. 2つ目のQH2が複合体に形成する。
  2. High-potential ETCでは、1電子によって他の酸化型Pcが還元される。
  3. Low-potential ETCでは、ヘムbnの電子がSQへ伝達され、完全に還元されたQ2−がストロマから2つのプロトンを取り込むことでQH2が形成される。
  4. 再生された酸化型Qと還元型QH2は膜中へ拡散する。

循環的電子伝達

複合体IIIとは異なり、シトクロムb6f複合体は循環的光リン酸化の中心となる、別の電子伝達反応も触媒する。フェレドキシン(Fd)由来の電子はプラストキノンへ伝達され、その後シトクロムb6f複合体でプラストシアニンの還元に利用される。プラストシアニンは光化学系I中のP700によって再び酸化される[25]。フェレドキシンによるプラストキノンの還元の正確な機構に関しては現在研究が行われている。提唱されている1つの機構は、フェレドキシン:プラストキノンレダクターゼもしくはNADPデヒドロゲナーゼが存在するというものである[25]。ヘムxはQサイクルには必要ではないと考えられており、また複合体IIIにも存在しない。そのため、ヘムxは以下の機構で循環的光リン酸化に利用されていると提唱されている[23][26]

  1. Fd (red) + heme x (ox) → Fd (ox) + heme x (red)
  2. heme x (red) + Fd (red) + Q + 2H+ → heme x (ox) + Fd (ox) + QH2

出典

関連項目

外部リンク