スパイ

諜報活動をする者

スパイ: spy)は、政府や他の組織に雇われて、秘密裏にや競争相手の情報を得る人のこと。

「spy」は、「espy (見つける、探し出す)」と同じで、古期フランス語で 「espion(見張る者)」を意味しており、「espionnage (諜報:現代仏語)」の語源。印欧語で「見る」を意味する語幹「Spek」に由来する。

フィンランド社交界の名士でスパイのマダム・ミンナ・クラウチャー英語版(右)と運転手のボリス・ウォルコウスキー(左)、1930年代

概説

何らかの組織に雇われて、ひそかに敵国や競争相手の組織などの情報を得て、その情報を雇い主である組織に報告する者の総称である。別の言い方をすると諜報活動を行う者、インテリジェンスの役割を担う者の総称である。ひそかに得た情報を雇い主に知らせることや、また雇い主が「敵」や「競争相手」と見なしている組織の活動を阻害・撹乱することが主な任務とされる。政治経済軍事科学技術など多岐にわたる。

情報機関は政府の機関として大きな目的設定があり、その目的達成のために組織として情報を収集し、大目的を細分化した個々の目標を実現するための道具や手先としてスパイを用いるので、スパイひとりひとりは何のために自分の任務をさせられているのか分からない場合もある。

日本では「スパイ」は主に敵側のそれを指し、味方の側のそれは主に「エージェント」と呼ぶ[1]。日本語では、敵・味方を区別しない場合、工作員と呼ぶ[1]情報部員諜報員密偵間諜とも呼ばれる。古くは細作間者とも呼ばれていた。海外で活動する者は国際探偵とも呼ばれた[2]米国のインテリジェンス・コミュニティ英語版での呼称としては「Asset アセット」(=資産)がより一般的である。中国語では敵側を間諜細作姦細敵奸探子などと呼び、味方側を工作人員政治指導員などと呼んでいる[1]

歴史

その存在は古代から有ったと言われ、世界各地の神話古文書でもしばしば描写される。例えば、ギリシャの英雄オデュッセウスの「トロイの木馬」が世界的に有名である。また中国の書物『孫子』では「用間」としてわざわざ一章が設けられており、離間工作の方法、敵の間者二重スパイとして活用する反間などの手法が記されている。日本では戦国時代忍者が該当しており、明治時代の一連の士族の反乱の初期から「スパイ」としての活動が行われていた。

近代以降、各国で情報機関が組織され、スパイ活動の展開が行われている。

スパイ交換
捕らわれたスパイは互いの交渉によって、スパイ交換英語版が行われた。東西のスパイ交換に使われた橋としてグリーニッケ橋が Bridge of Spiesという通称を持つ。

分類

現代のスパイは、機関員(インテリジェンスオフィサー)と協力者(エージェント)に分けられる。

機関員(インテリジェンスオフィサー)

機関員の任務は主に赴任国の重要情報に近づきやすい人間に獲得工作を仕掛け、協力者として運営し、赴任国に関する情報収集を行うことにある。機関員が獲得工作を行う際には協力者にしたい人物に接近し、身分を明かしたうえで獲得するケースが多い。また、獲得工作を行う際には、相当の金銭を提示して釣る方法や、異性の機関員が素性を偽りつつ接触し男女関係・恋愛関係に持ち込み相手をがんじがらめにして協力させる手法(ハニートラップ)が利用される場合もある。さらには、機関員が身分を明かさないまま「外交官」として協力者に接触するケースもあるため、実際には協力者となっていることを自らが自覚していない場合も多い。

機関員は雇用形態としては「公務員」であるため、その給与額は当該国の公務員にありがちな給与額であり、特別な高給を得る機会は少ない。また、特殊な訓練を受ける過程で脱落したり、訓練後でも人材が育つとは限らない状態にあったりする。

ジャーナリストを装ったスパイや、ジャーナリストが同時にスパイ活動をもこなす場合もあるため、「スパイ」と「ジャーナリスト」の境界線は非常に曖昧である。戦場において捕虜になった場合に、ジャーナリストであることが証明されても直ちに解放される保証はない[4]

エージェントあるいはアセット

「エージェント」または「アセット」は、機関員の望む情報、資料、物資などを直接獲得したり、その仲介をなすスパイのことである。危険を伴う任務が多く、敵に捕らわれたら長期間の拘束や処刑される場合がある。

産業スパイ

ビジネスの世界では産業スパイが活動している。産業スパイは競合企業の情報をひそかに収集するだけでなく、競合企業の重要な社員の辞職を誘発したり、労働組合を扇動するなどして、相手企業の勢力をそぎ、弱体化を図る場合もある。これらの活動には探偵業者や「経営コンサルタント」などが関わることが多い。

軍事技術の収集などを目的に外国の情報機関が企業に諜報活動を行う場合もある。

日本では、1964年2月26日、東京地検が機密書類で大日本印刷をゆすっていた白系露人ら3人を逮捕したのが、初の産業スパイ摘発である。日本で近年発生した事案には、ロシア軍参謀本部情報部(GRU)の情報将校がニコンの社員から軍事転用可能な技術を収集した事件や、中国人民解放軍系の企業がヤマハ発動機を通じて無人ヘリ(農業用無人航空機)を不正に輸入しようとした事件などがある。この他、1964年の凸版印刷における「ジョージ・テレンチェフ産業スパイ事件」[5] 、1965年のW3事件、1982年のIBM産業スパイ事件、1983年の新薬スパイ事件、2014年の東芝研究データ流出事件などがある。

海外では、2002年のウエストジェット航空による不正アクセス事件、2007年のマクラーレンの産業スパイ疑惑、2009年にリオ・ティント社員が産業スパイ容疑で中国政府に拘束された事件、2013年のHTC幹部の産業スパイ事件などがある。

なお、企業の利益活動を正当な理由なく阻害した場合には、基本的に法的観点で処置される。

主な活動の目的

  • 機密情報などの盗み出し行為
  • 利益追求の目的達成を阻害したり、その機能を破壊する行為
  • 社内の人間関係を破綻させるなど、人間関係の工作

現代の情報機関

日本

韓国

イスラエル

イギリス

フランス

ドイツ

ロシア

アメリカ

著名なスパイ

日本

機関員
協力者
  • ハリー・トンプソン - アメリカ海軍事務係下士官。宮崎俊男海軍少佐によって協力者にされていた。
  • アンヘル・アルカサール・デ・ベラスコ - 在イギリススペイン大使館報道官、外務省の協力者。第二次大戦下、マドリッドを中心に対米情報網「東機関」を構築。後年NHKの番組でその存在が明るみに出る。駐西公使須磨弥吉郎が、英米でのスパイ活動を組織展開するため、セラーノ・スニェル外相に依頼して紹介された人物だが、組織のほとんどが二重スパイで、情報も英米に傍受・解読されていたか無価値・虚偽の情報だった[6]
  • ウィリアム・フォームズ=センピル - イギリス海軍大佐。豊田貞次郎中佐に空母関係の機密情報を提供する。
  • クリス・メイヤーズ - イギリス海軍少佐。豊田中佐に潜水艦関係の機密情報を提供する。
  • フレデリック・ラットランド英語版 - イギリス空軍少佐。高須四郎少佐に運営されて主に米英に関する情報収集を行った。
  • ベルバレー・ディッキンソン - アメリカの人形店店主。横山一郎海軍大佐によって運営され、海軍情報の収集を行った。
  • 谷豊 - 通称ハリマオ。東南アジアで盗賊をしていたが、大日本帝国陸軍の諜報活動に協力。
  • 木村肥佐生 - 援蒋ルートの実態を調べる為、日中戦争下のチベットに潜行。同様の潜行者に西川一三・野元甚蔵が知られる。終戦後現地で改革派青年グループと交流。更にイギリスの情報提供者となる。帰国後はアメリカ大使館に勤務。後に亜細亜大学教授を務める。
  • 飯塚盈延 - 「松村昇」の偽名で日本共産党特別高等警察の指示を受けて活動し、幹部として組織壊滅を実行。俗に「スパイM」と呼ばれる。
  • 川島芳子 - 清朝の皇族粛親王の第十四王女。第一次上海事変を引き起こした首謀者の一人とされる。

北朝鮮

韓国

中華民国

中華人民共和国

  • 熊向暉 - 国民党胡宗南将軍の元に潜伏したスリーパー。いわゆる後三傑の1人。後の中共中央統戦部副部長
  • 申健 - 後三傑
  • 陳忠経 - 後三傑。後の中共中央調査部副部長
  • 関露 - 作家。ジェスフィールド76号主任李士群の秘書
  • 潘漢年 - 汪兆銘との接触工作を担当
  • 陳文英 - 在米華僑
  • 麦大智・麦大泓兄弟
  • 黄麗麗 - フランス留学生。経済スパイ
  • 金無怠 - 中華人民共和国国家安全部外事局。CIAの東アジア政策研究室主任
  • 王慶前 - 中国国際友好連絡会常務理事、中国人民解放軍情報将校(大校)・駐日大使館一等書記官。軍事機密を日本に流した。

イスラエル

イギリス

機関員
協力者

ソ連・ロシア

機関員

ドイツ帝国

  • カール・ハンス・ロディ
  • ジュル・クロフォード・ジルバー - MI5の郵便検閲官
  • エリザベート・シュラグミュラー
  • ヴィルヘルム・シュティーバー - ヴィルヘルム2世やビスマルクに仕え、普墺戦争などの勝利に貢献した。

ドイツ

東ドイツ

オランダ

ポーランド

チェコスロバキア

  • カレル・ケヘル - 内務省国家公安部(チェコ語:Státní bezpečnost、スロバキア語:Štátna bezpečnosť)。CIA内部への浸透に成功。

フランス

アメリカ

機関員
協力者

外国勢力のスパイが関連した事件等

  • 旧約聖書ヨシュア記2章 - ふたりの斥候がエリコの情報を探るために派遣された。その後、イスラエル人はエリコを含むカナンの地の武力制圧を行う。
  • レフチェンコ事件-ソ連国家保安委員会(KGB)の少佐、スタニスラフ・レフチェンコがソ連による日本国内での諜報活動・間接侵略(シャープパワー)を暴露した事件。
  • ミトロヒン文書-1992年3月にイギリスに亡命した元ソ連国家保安委員会 (KGB) の幹部要員であったワシリー・ミトロヒンが密かに持ち出したソ連による国外におけるスパイ活動や防諜(カウンター・インテリジェンス)、宣伝・プロパガンダ工作、積極工作について記した機密文書[38]
  • 新潟日赤センター爆破未遂事件-李承晩政権による韓国工作員による密出入国と、1959年12月4日の韓国代表部(領事館)の金永煥三等書記官などにより企てられた新潟県での暗殺・爆破テロ未遂事件。
  • ゾルゲ事件-1941年9月に発覚したコミンテルンの指令で来日したリヒャルト・ゾルゲを頂点とするソ連のスパイ組織が日本国内で諜報活動および謀略活動を行っていたスパイ事件。この事件により 独ソ戦 でソ連はドイツに対して優位に立てた。
  • 日向事件-1981年に発覚した北朝鮮が密入国させた工作員を使って、帰化した在日朝鮮人と共に北朝鮮の体制を残したままの南北統一体制である高麗連邦共和国制を実現させるために在日韓国人の有力者をシンパにさせる工作していた事件。戦後に北朝鮮の工作員が日本に出入国を繰り返していた中で検挙された事件の一つ[39][40]
  • ローゼンバーグ事件-冷戦下の1950年にアメリカで発覚した、ローゼンバーグ夫妻がソビエト連邦のためにしていたスパイ事件。当時は西側諸国でも共産主義側の活動家やメディアを中心に「冤罪である」との擁護の主張がされたがヴェノナ文書によって事実であると確定した[41]
  • IBM産業スパイ事件-1982年6月22日に日立製作所や三菱電機の社員など計6人が、米IBMの機密情報に対する産業スパイ行為を行ったとして逮捕された事件。
  • 江陵浸透事件 - 北朝鮮工作員韓国への不法侵入が発覚。韓国軍は工作員を掃討した。
  • ボガチョンコフ事件 - ある海上自衛官がロシアに軍事機密を売却していた対日有害活動事件[42]
  • 上海総領事館員自殺事件--中国の公安当局に脅迫された、日本の外交官が2004年5月6日に「国を売ることは出来ない」との遺書を残して自殺した事件[43]
  • 李春光事件-2012年に中華人民共和国の駐日大使館の一等書記官が虚偽の身分で外国人登録証と銀行口座の取得行為、ウィーン条約で禁じられた商業活動、スパイ活動をしていた事件[44]

その他

スラングとしても「スパイ」という言葉は使われる。たとえば、プロ野球スコアラーが次の対戦相手の戦力・戦術分析の為に試合を観戦したりする事から「スパイ」と表現される事もある。また2ちゃんねる(後の5ちゃんねる)などに見られるインターネット上の掲示板などで情報操作をする者を「(ネット)工作員」と呼ぶこともある。

スパイに関する研究はスパイという存在のもつ独特な魅力に影響され、ある種の作為(複数の説が有る場合に一番劇的な説を取る、など)が働く危険がある[45]。更に言えば、作成の段階で既に作為や創作が働いていると推測できる一次資料もある。ヌーラン事件小林多喜二逮捕に関与し、戦前の共産党を壊滅状態に追い込んだスパイの一人三船留吉を調査したくらせみきおは、スパイの研究は人物像を造形する過程で、その劇的なストーリーに魅了され美化する危険があると指摘している[45]

インターネットが各国に普及して、検索カテゴリーに入った結果、世界中の誰しもが容易に情報を収集できることから、スパイ活動そのものが減少しているとした。

スパイをテーマとした作品

映画

アニメ

テレビ

ゲーム

楽曲、音楽作品

書籍

スパイ本人による回顧録

  • 阿尾博政「自衛隊秘密諜報機関 ―青桐の戦士と呼ばれて―」
  • 明石元二郎「落花流水」
  • 石光真清「城下の人」「曠野の花」「望郷の歌」「誰のために」
  • 高井三郎「日米秘密情報機関:「影の軍隊」ムサシ機関長の告白」
  • 塚本勝一「自衛隊の情報戦 ―陸幕第二部長の回想―」
  • 藤原岩市「F機関」
  • ウィリアム・スティーヴンスン「暗号名イントレピッド」
  • ウォルフガング・ロッツ「シャンペン・スパイ」「スパイのためのハンドブック」
  • ラインハルト・ゲーレン「諜報・工作―ラインハルト・ゲーレン回顧録」
  • ロバート・ベア「CIAは何をしていた?」

ノンフィクション

  • 明石一郎 「秘密戦-在日謀報機関の活動-」
  • 中薗英助 「スパイの世界」(岩波新書
  • 伊藤三郎「開戦前夜の「グッバイ・ジャパン」あなたはスパイだったのですか?」現代企画室、2010年6月 - 天皇・軍部・財閥を「汚れた三位一体」と指摘しアメリカでベストセラーとなった「グッバイ・ジャパン」(1942年刊)の著者である「ニューヨーク・ヘラルドトリビューン」紙東京特派員ジョセフ・ニューマンの謎を追ったもの。

小説

漫画

脚注

注釈

出典

関連項目

外部リンク