トロポロン

α-トロポロン(: α-tropolone) 、または単にトロポロンとは、分子式C
7
H
5
(OH)Oで表わされる有機化合物である。淡黄色を呈する固体であり、有機溶媒によくとける。その特異な電子状態への興味や配位子前駆体としての役割から研究されている。実際の合成時にトロポンを出発物質とすることはほとんどないが、トロポンの2位にヒドロキシ基が導入された誘導体とみなすことができる。

トロポロン[1]
識別情報
CAS登録番号533-75-5 チェック
PubChem10789
ChemSpider10333 チェック
UNII7L6DL16P1T チェック
EC番号208-577-2
KEGGC15474 チェック
MeSHD014334
ChEBI
ChEMBLCHEMBL121188 チェック
特性
化学式C
7
H
6
O
2
モル質量122.12 g/mol
融点

50 - 52 °C, 271 K, -12 °F

沸点

80 - 84 °C, 269 K, -39 °F ((0.1 mmHg))

酸解離定数 pKa6.89 (共役酸: -0.5)
磁化率−61×10−6 cm3/mol
危険性
GHSピクトグラム腐食性物質急性毒性(低毒性)水生環境への有害性
GHSシグナルワード危険(DANGER)
HフレーズH314, H317, H410
PフレーズP260, P261, P264, P272, P273, P280, P301+330+331, P302+352, P303+361+353, P304+340, P305+351+338, P310, P333+313, P363
引火点112 °C (234 °F; 385 K)
関連する物質
関連物質Hinokitiol (4-isopropyl-tropolone)
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

合成法

トロポロンの合成法は数多くのものが開発されている[2]。その1つとして、1,2-シクロヘプタジオンをN-ブロモスクシンイミドにより臭素化したのち、加熱して脱ハロゲン化水素する方法があげられる(下図左の経路)。もうひとつは、 ピメリン酸のエチルエステルからアシロイン縮合により得られるアシロイン臭素により酸化する方法があげられる(下図右経路)[3]

さらに別の経路として、シクロペンタジエンケテンの一種とを[2+2] 環化付加反応させビシクロ[3.2.0]ヘプチル構造を得たのち、 加水分解により結合を解離させて単環化する方法もある[2]

性質

トロポロンのヒドロキシ基は性を示し、pKa の値は7である。この値はフェノール(10)と安息香酸(4)の中間に位置する。フェノールにくらべ酸性が強い理由は、カルボニル基ビニローグカルボン酸構造との共鳴安定化をうけるためと説明される[3]

トロポロンは容易にO-アルキル化を受け、シクロヘプタトリエニル誘導体を生じるため、合成中間体として有用である[4] 。金属カチオン存在下では脱プロトン化されて2座配位子となり、Cu(O
2
C
7
H
5
)
2
のような錯体を生じる[3]

多くのトロポン類と同様、トロポロンのカルボニル基は強く分極しており、ヒドロキシ基との間に強い水素結合を生じるため、溶液中では高速な互変異性化反応を起こしており、NMRのタイムスケールでは対称な構造に見える[5]。固体状態でも速度は遅くなるが互変異性化する[6]

自然界での分布

およそ200ほどのトロポロン誘導体が自然に得られており、主に植物および菌類により産生される[7]。トロポロン誘導体としては、ドラブリン、ドラブリノール、ツヤプリシン、ツヤプリシノール、スチピタト酸、スチピタトン酸、ノオトカチン、ノオトカチノール、プベルル酸プベルロン酸、セペドニン、4-アセチルトロポン、pygmaein, isopygmaein, procein, カノーチン、ベンゾトロポロン類、(プルプロガリン、クロシポジン、グピオロン A および B)、テアフラビンおよびその誘導体、ブロモトロポロン類、トロポイソキノリン類、トロポロイソキノリン類(grandirubrine, イメルブリン、イソイメルブリン、パレイトロポン, パレイルブリン AおよびB)、コルヒチン、コルヒコンなどが知られる[8]。トロポロンはポリケチド経路にあらわれ、フェノール系中間体から環拡張により得られる[4]

ヒノキ科ユリ科の植物種に特によくみられる[7]。トロポロン類がもっとも多量に見られるのは心材部、葉部、樹皮部であり、その精油には様々なトロポロン類が豊富に含まれる。自然界でトロポロン誘導体が研究・単離されはじめたのは1930年代中期から1940年代初頭にかけてで[9]アメリカネズコアスナロヒノキタイワンヒノキスペインビャクシン英語版などの樹木から同定された。初めて合成されたトロポロン類はツヤプリシンで、Ralph Raphaelにより合成された[10]

生活性

ブドウポリフェノールオキシダーゼ英語版 およびマッシュルームのチロシナーゼインヒビターとしてはたらく。

トロポロン誘導体

化合物名骨格式自然産生者
トロポロン
Pseudomonas lindbergii, Pseudomonas plantarii[11]
ヒノキチオール
ヒノキ科樹木[12]
スチピタト酸
Talaromyces stipitatus[13]
コルヒチン
Colchicum autumnale, Gloriosa superba[14]
種別代表化合物主な自然産生者[8][7][15][16]研究分野[7][17][8][18][19]特許済用途[7][20]
単純トロポロントロポロンPseudomonas lindbergii, Pseudomonas plantarii抗菌薬抗真菌薬殺虫剤農薬、植物成長阻害剤、抗炎症薬抗酸化物質、神経保護、プロテアーゼ阻害剤、褐変防止剤(チロシナーゼ阻害剤、ポリフェノールオキシダーゼ阻害剤)、抗がん剤キレート-
ドラブリン類β-ドラブリン、α-ドラブリノールCaragana pygmaea, Cupressus goveniana, Cupressus abramsiana, Thujopsis dolabrata抗菌薬、抗真菌薬、殺虫剤、農薬, 植物成長阻害剤、プロテアーゼ阻害剤昆虫忌避剤、消臭剤
ツヤプリシンα-ツヤプリシン、β-ツヤプリシン(ヒノキチオール)、γ-ツヤプリシン、ツヤプリシノールChamaecyparis obtusa, Thuja plicata, Thujopsis dolabrata, Juniperus cedrus, Cedrus atlantica, Cupressus lusitanica, Chamaecyparis lawsoniana, Chamaecyparis taiwanensis, Chamaecyparis thyoides, Cupressus arizonica, Cupressus macnabiana, Cupressus macrocarpa, Cupressus guadalupensis, Juniperus chinensis, Juniperus communis, Juniperus californica, Juniperus occidentalis, Juniperus oxycedrus, Juniperus sabina, Calocedrus decurrens, Calocedrus formosana, Platycladus orientalis, Thuja occidentalis, Thuja standishii, Tetraclinis articulata, Cattleya forbesii, Carya glabra抗真菌薬、抗菌薬、褐変防止剤(チロシナーゼ阻害剤)、キレート化、殺虫剤、農薬、抗マラリア剤抗ウイルス薬、抗炎症薬、植物成長阻害剤、プロテアーゼ阻害剤、糖尿病治療薬、抗がん剤、化学増感剤英語版、抗酸化物質、神経保護、獣医学昆虫忌避剤、消臭剤、歯磨剤、オーラルスプレー、スキンケア、ヘアケア、木材保護剤、食品添加物、食品包装材
セスキテルペントロポン類ノオトカチン、ノオトカチノール、ノオトカテン、バレンセン-13-オール、ノオトカスタチンChamaecyparis nootkatensis, グレープフルーツ抗真菌薬、抗菌薬、褐変防止剤(チロシナーゼ阻害剤)、殺虫剤、殺真菌薬、抗がん剤昆虫忌避剤、香料、香水
Pygmaein類Pygmaein, IsopygmaeinCaragana pygmaea, Cupressus goveniana, Cupressus abramsiana--
ベンゾトロポロン類プルプロガリン 、クロシポジン、グピオロン A および Bオーク属、Leccinum crocipodium, Goupia glabra抗菌薬、植物成長阻害剤、プロテアーゼ阻害剤、抗がん剤、抗マラリア薬、抗酸化物質、抗ウイルス薬食品添加物
テアフラビン類テアフラビン、テアフラビン酸、テアフラベート A およびBチャノキ、オーク属抗菌薬、抗炎症薬、 抗酸化物質、抗ウイルス薬、糖尿病治療薬、化学増感剤-
トロポイソキノリン類およびトロポロイソキノリン類grandirubrine、イメルブリン、イソイメルブリン、パレイトロポン、パレイルブリン A および BCissampelos pareira, Abuta grandifolia白血病治療薬-
トロポンアルカロイドコルヒチンデメコルシン英語版イヌサフランGloriosa superba抗有糸分裂薬、抗炎症薬、痛風治療薬、植物育種医薬品

出典