大宅映子

日本の女性ジャーナリスト、評論家

大宅 映子(おおや えいこ、本名:枝廣 映子、1941年昭和16年)2月23日 - )は、日本ジャーナリスト評論家コメンテーター

ジャーナリスト大宅壮一の三女。兄は詩人・大宅歩。芸能事務所ホリプロがマネジメントしている。

株式会社大宅映子事務所代表取締役、公益財団法人大宅壮一文庫理事長。(母・大宅昌から引き継いだ[1]。)

CNNj放送番組審議会委員、AXNエンタテインメント放送番組審議会委員、西武ホールディングス社外取締役、日本年金機構理事[2]、公益財団法人日本国際フォーラム評議員[3]日本ゴルフ改革会議議長[4][5]。元日本インフォメーションシステムズ (NIS) 代表取締役、元株式会社髙島屋社外取締役、元資生堂社外監査役。

夫は株式会社コスモ・インタラクティブ代表取締役の枝廣宇人[6]。娘2人(長女・和(1967/5/14)次女・牧(1971/8/17)[7])、孫3人がいる[8]

来歴・人物

東京都出身。東京学芸大学附属世田谷中学校東京都立駒場高等学校国際基督教大学卒業。同大学院に進学するも3カ月で退学。宣伝会社コスモ・ピーアールに入社。翌年2月に同僚だった夫と結婚[9][6]。)1969年に日本インフォーメーション・システム (NIS) を創設し、1978年頃から政府審議会の委員を務めた[9]

1996年12月2日、藤岡信勝西尾幹二小林よしのりらは「新しい歴史教科書をつくる会」の結成記者会見を開催。中学校社会科教科書からの従軍慰安婦の記述削除を求めた[10]。会見時の呼びかけ人は9人、賛同者は78人。大宅は賛同者に名を連ねた[注 1]

「衆議院議員選挙区画定審議会」[12]、「地球的規模の環境問題に関する懇談会」、「医療保険福祉審議会」、「行政改革委員会」、「警察刷新委員会」、「教育改革国民会議」、「税制調査会」、「年金業務・社会保険庁監視等委員会」など政府審議会委員を歴任[13]する。道路関係四公団民営化推進委員会で、他委員の辞任や長期欠席が続発したが、2002年6月から2005年9月30日の委員会解散まで委員を務めた。

2002年に、テレビ番組『サンデーモーニング』で岸井成格北朝鮮による日本人拉致問題について「一時帰国した拉致被害者5人を当初の約束どおり一旦北朝鮮に戻すべき」と発言し、「私もそう思う」と同調した[14]

2014年1月1日から2021年まで日本年金機構の理事を務めた。

2017年2月3日に、日本ゴルフ改革会議議長として選手村との距離、夏の気温、会員規約、費用など[15]から2020年東京オリンピックゴルフ会場を霞ヶ関カンツリー倶楽部埼玉県川越市)から若洲ゴルフリンクス(東京都江東区)へ変更することを東京都知事に申し入れた。

家庭教育親子関係などで著書が多く、2013年ハワイシニアライフ協議会「愉しく欲張って生きる」[16]、2016年東北エネルギー懇談会「豊かさと安全とエネルギー」[17]、2017年日比谷図書文化館 新春講演会[18]など講演をこなす。

出演番組

CM出演

著作

  • 『大宅映子のオヤジ採点』全国朝日放送、1980年10月)
  • 『愉しい欲張り人生』海竜社、1983 『愉しく欲張って生きる』三笠書房知的生き方文庫
  • 『子どもの躾は免疫主義しかない-マナーを知らない子にしないために』開隆堂出版、1985)『わが娘に母のこんな心を伝えたい』三笠書房知的生き方文庫
  • 『どう輝いて生きるか-女の自分育て自分づくり、私の方法』海竜社、1990
  • 『だから女は面白い-女の常識女の視点』海竜社、1993
  • 『女の自立と心意気-みんなに聞いて欲しい5つの物語』対談集、広済堂出版、1995
  • 『いい親にならなくていい!-子どもが育つ教育の条件』海竜社、2000
  • 『親の常識-親がなすべき、当たり前で大切なこと』海竜社、2008
  • 『女の才覚 日本の女性が失くしてしまったもの』ワニブックス〈plus〉新書 2011

共編著

  • 『われら9人の食いしん坊-』編、渡部昇一他著、講談社、1981年8月)
  • 『食いしん坊ここだけの話』編、團伊玖磨他著、講談社、1984

翻訳

  • 『エイズ-手をつないだ位では感染しない』ニキ・ド・サンファール、グラフィック社、1987

脚注

注釈

出典

関連項目

外部リンク