鞘甲亜綱

甲殻類の分類群、フジツボ、エボシガイ、フクロムシ、シダムシなど

鞘甲類(しょうこうるい、英語: thecostracan、学名: Thecostraca)は甲殻類を大きく分けた分類群の一つ。分類学上は鞘甲もしくは鞘甲亜綱(別名: フジツボ亜綱)とされる[1][2][3]フジツボエボシガイカメノテフクロムシシダムシなどが含まれる。成体は固着性濾過摂食者や寄生虫で、一見甲殻類とは思えない姿をしたものが多い[4][5]。キプリス幼生を経て成長するのが最大の特徴[4][5][6]。2,000以上のが記載され[1]、確定的な化石記録は約3億年前の古生代石炭紀まで遡る[注釈 1][7][8][1]

鞘甲類
生息年代: 330–0 Ma[注釈 1][1]
様々な鞘甲類
左上:ハンセノカリスの1種のキプリス幼生(彫甲類)、右上:Synagoga arabesque(嚢胸亜綱: キンチャクムシ目)、左中:シダムシの1種(嚢胸類: シダムシ目)、右中:カニの腹面に寄生中の Sacculina carcini蔓脚類: フクロムシ)、左下:エボシガイ(蔓脚類: ミョウガガイ目)、右下:カメフジツボ(蔓脚類: フジツボ目
地質時代
古生代石炭紀中期(約3億3,000万 – 3億2,000万年前)- 現世[注釈 1][1]
分類
:動物界 Animalia
:節足動物門 Arthropoda
階級なし:汎甲殻類 Pancrustacea
亜門:甲殻亜門 Crustacea
上綱:多甲殻上綱 Multicrustacea
:鞘甲綱 Thecostraca[注釈 2]
学名
Thecostraca
Gruvel, 1905
和名
鞘甲類[2]
英名
Thecostracan
亜綱

特徴

鞘甲類はれっきとした甲殻類節足動物であるが、成体はほとんどが付着生物固着性 sessile)で一見節足動物らしからぬ姿をしており、多くの甲殻類と似た形で自由生活するのは幼生のみである。そのため、鞘甲類は幼体が判明するまで節足動物でない別生物と誤解釈されたこともあり、例えばフジツボ19世紀までではと同様な軟体動物と考えられた[9]

蔓脚類(広義のフジツボ)のうち完胸類(エボシガイカメノテ・狭義のフジツボなど)は殻板に覆われるが、中の本体は甲殻類的で、上唇 (labrum)・大顎 (mandible) ・小顎 (第1小顎 maxillula と第2小顎 maxilla) を頭部に、6対の二叉型で蔓状の胸肢 (thoracopod, 蔓脚) を胸部に有する。基底の付着面中央はキプリス幼生時代(後述)の第1触角 (antennula) に当たる部分であるため、本体は頭部側から殻の内壁に繋がれ、仰向けの姿勢をしている。胸部を殻口に向けて伸縮し、前述した付属肢で水中の有機物質を濾過摂食する。なお、脱皮はこの本体のみに行われ、殻板は脱皮せずに成長し続ける[10]。完胸類は主にに付着するが、表在生物 (epibiont) として他の動植物(クジラウミガメ・貝・他の甲殻類・マングローブなど)に付着する種類もいる。ごく一部は他の動物に外部寄生をし、本体の付属肢が退化する代わりに、特化した付着面を用いて宿主の体内から栄養を吸収する(サメの表皮に寄生する Anelasma 属など)[1]

同じ蔓脚類のツボムシ(尖胸類)も完胸類と似たような本体をもつが、殻板をもたず、代わりに石灰岩サンゴヤドカリが背負う巻貝などに巣穴を穿孔して宿っている[1]

内部寄生に特化した嚢胸類シダムシ・キンチャクムシなど)と蔓脚類のフクロムシ(根頭類)は肉塊状で、消化器や外骨格・付属肢・関節体節など節足動物の性質がほぼ見られず、メスは根状の構造を宿主の体内に巡らせて栄養を吸収する。前者は棘皮動物ヒトデなど)や刺胞動物(サンゴなど)に、後者はカニエビ・ヤドカリなど他の甲殻類に寄生する[6][11][1]。ハンセノカリス(彫甲類)の成体は未だに不明だが、キプリス幼生直後の変態により(後述)、おそらく前述したような内部寄生者であったと考えられる[12]

成体でも移動能力をもつものは僅かしかない。カメフジツボは宿ったウミガメの甲羅の上を緩慢に移動できる[13]。嚢胸類のSynagogidae 科のメス成体は、鞘甲類として例外的に後述の幼生らしき構造を概ね維持し、一部は活動的で別の宿主に泳ぎ、水のない場所に置かれても跳躍で移動することが可能である[14]

雌雄は完胸類とごく一部の嚢胸類が雌雄同体に特化するが、それ以外の種類は雌雄異体。中でもフクロムシとほとんどの嚢胸類は著しい性的二形を示し、オスはメスの体内に住み着く矮雄である[6][1]。体節が見られる場合、生殖孔 (gonopore) はメスが第1胸節に、オスが7胸節にペニスとして付属する[15]

ほとんどが海洋生物であるが、フクロムシには淡水性(淡水十脚類に寄生)の種類がいる[11][6]

ハンセノカリスの幼生
ツボムシ
完胸類
鞘甲類の多様性

幼生

フクロムシの一種 Sacculina carciniノープリウス幼生 (A) とキプリス幼生 (B)

や幼生はしばらく親の体内に守られてから水中へと放出される。多くの甲殻類と同様、放出後の幼生は成体と大きく異なる姿で微小なプランクトンとして自由生活をし、通常はノープリウス幼生 (nauplius larva) として孵化する。正面の第1触角で感覚とバランスを取り、発達した第2触角 (antenna) と大顎で水中を泳ぎ、第1と第2小顎以降の機能的な付属肢対を持たない。外見はカイアシ類のものと似ているが、蔓脚類の場合は機能不明な腺を有する1対の状突起を前面左右にもつ。ノープリウス幼生は摂食するもの(プランクトン栄養型、ほとんどの完胸類)と摂食しないもの(卵黄栄養型、フクロムシ・ツボムシなど)がいる。なお、ごく一部の種類はノープリウス幼生期を省略し、直接後述のキプリス幼生として孵化する[6]

蔓脚類のキプリス幼生から有柄類フジツボの形への変態

数回の脱皮を経たノープリウス幼生は、次第に本群特有の「キプリス幼生」(cypris, cyprid larva, cypridoid) へと変態する。この幼生は頭部由来の大きな背甲 (carapace, head shield) に覆われ、ノープリウス幼生から受け継いだ単眼(ノープリウス眼、中眼)の他に1対の複眼(側眼)をも内部に有する。他の頭部付属肢が退化する代わりに第1触角が発達し、その先端は彫甲類や嚢胸類では鉤爪状だが、蔓脚類ではセメント腺と数多くの感覚毛をもつ。胴部はエビ状で、胸部の前6節が通常6対の胸肢を備わる。なお、一部の嚢胸類は胸肢が4対のみ、Cryptophialidae 科のツボムシとフジツボフクロムシ科のフクロムシの場合は胸肢が退化消失する[6]。腹部は彫甲類や嚢胸類では3節に伸びるが、蔓脚類では退化的である。末端の尾節 (telson, 肛門節 anal somite) には1対の尾叉 (caudal rami) をもつ。キプリス幼生は単に成体に適した基底を求める段階であり、摂食をせず、胸肢で水中を泳ぎ、第1触角で二足歩行のように基底の表面を這う。合適な表面にたどり着くと第1触角で体を固定し、次の段階に変態する。多くはそのまま成体を小型にしたような形態 (juvenile) に変態するが、フクロムシは細胞塊と化したかのような変態を経てから成体の形になる(この際メスは宿主に侵入、オスはメス成体の内部に付着する)[6]。似たような変態は成体が未だに不明のハンセノカリスにも見られる[12]

分類

貧甲殻類

貝虫類*

ヒゲエビ類*

鰓尾類*、シタムシ類*

Altocrustacea
多甲殻類

軟甲類

鞘甲類

カイアシ類

異エビ類

カシラエビ類

鰓脚類

ムカデエビ類

六脚類

汎甲殻類における鞘甲類の系統位置
青枠:甲殻類
*:かつて顎脚類に含まれた分類群

1950年代から2000年代にかけて、鞘甲類は鰓尾類カイアシ類など数多くの小型甲殻類/亜綱と共に、顎脚類顎脚綱 Maxillopoda)の一亜綱としてまとめられてきた。しかし2000年代以降では、主に分子系統解析の進展により、顎脚類は他の汎甲殻類(甲殻類+六脚類)に対して多系統群として解体され、そのうち鞘甲類とカイアシ類は、むしろ軟甲類単系統群多甲殻類 Multicrustacea)になることが多くの解析結果に支持される[16][17][18][19][15]

多甲殻類の中で、鞘甲類は軟甲類(共に共甲類 Communostraca をなす[17])とカイアシ類(共に六幼生類 Hexanauplia をなす[18])のいずれかの姉妹群とされるが、2010年代後期では、六幼生類説の方が相対的に有力である[18][15]。それ以外では、ヒメヤドリエビ類Tantulocarida)との類縁関係も示唆され、これが鞘甲類の内部系統に含まれる可能性もある[20]

下位分類

彫甲類

ハンセノカリス

嚢胸類

シタムシ
キンチャクムシ
など

蔓脚類
尖胸類

ツボムシ

根頭類

フクロムシ

完胸類

エボシガイ
カメノテ
狭義のフジツボ
など

鞘甲類の内部系統関係
鞘甲類の各科の系統関係

鞘甲類の大まかな内部構成については、彫甲類が基盤的で、嚢胸類蔓脚類姉妹群をなし、そして蔓脚類の中では尖胸類が基盤的で、根頭類と完胸類が姉妹群になるという系統関係が分子系統解析で広く認められる[4][21][1]

鞘甲類は長い間顎脚綱に分類され、後に新設した六幼生類も綱とされるため、分類階級は長い間亜綱とされていた。しかし前述した通り顎脚綱は後に解体され、六幼生類の単系統性も不確実性がある[15]。Chan et al. 2021 以降では鞘甲類が独自の綱に昇格され、その下位分類の階級や構成もいくつか変更された[1]

特記しない限り、以下の分類は Chan et al. 2021 に従い、鞘甲亜綱の場合で異なった階級も括弧に併記する。科より上位の分類群の太字絶滅群は「†」、化石記録のある科は地質時代まで特記する。和名はBISMalによる[22]

脚注

注釈

出典

関連項目

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