ほうおう座

ほうおう座(ほうおうざ、Phoenix)は現代の88星座の1つ。16世紀末に考案された新しい星座で、西洋の伝承に登場するフェニックスをモチーフとしている[1][4]。日本国内からは鹿児島市(北緯32°)以北では星座の全域を見ることができない。また、北緯50°より北の地域からは全く見えない星座となる。

ほうおう座
Phoenix
Phoenix
属格Phoenicis
略符Phe
発音英語発音: [ˈfiːnɪks]、属格:/fɨˈnaɪsɨs/
象徴フェニックス[1]
概略位置:赤経 23h 26m 46.2s -  02h 25m 03.3s[1]
概略位置:赤緯−39.31° - −57.85°[1]
広さ469.319平方度[2]37位
バイエル符号/
フラムスティード番号
を持つ恒星数
25
3.0等より明るい恒星数1
最輝星α Phe(2.37
メシエ天体0
確定流星群ほうおう座流星群[3]
隣接する星座ちょうこくしつ座
つる座
エリダヌス座
みずへび座(角で接する)
きょしちょう座
ろ座
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主な天体

恒星

2022年4月現在、国際天文学連合 (IAU) によって3個の恒星に固有名が認証されている[5]

そのほか、以下の恒星が知られている。

星団・星雲・銀河

  • ロバートの四つ子銀河:天の川銀河から約1億6000万 光年の距離にあるコンパクト銀河群NGC 87888992の4つの銀河重力相互作用によってグループを形成している[17]
  • ほうおう座銀河団:天の川銀河から約59億 光年の距離にある銀河団[18]。年老いて冷えてしまった銀河団とされるが、2020年に銀河団の中心にある巨大銀河から噴き出すジェットが観測され、「ジェットが高温ガスの冷却を止める」とするこれまでの知見を覆す発見となった[18][19]

その他

流星群

12月2日頃に極大を迎えるほうおう座流星群が知られている[3]1956年12月、南極大陸に向けて航行中の南極観測船宗谷の船上から初めて観測された[20]。その後半世紀以上出現が観測されていなかったが、2014年国立天文台を中心とした研究チームによって出現が予測され、スペイン領カナリア諸島において58年ぶりに観測された[21]

由来と歴史

ほうおう座は、1603年ヨハン・バイエルが出版した星図『ウラノメトリア』で世に知られるようになったためバイエルが新たに設定した星座と誤解されることがある[22]が、実際は1598年フランドル生まれのオランダ天文学者ペトルス・プランシウスが、オランダの航海士ペーテル・ケイセルフレデリック・デ・ハウトマン1595年から1597年にかけての東インド航海で残した観測記録を元に、オランダの天文学者ヨドクス・ホンディウス英語版と協力して製作した天球儀にフェニックスの姿を描き、ラテン語の星座名 Phoenix を記したことに始まる[4]。そのため、近世星座史の研究が進んだ2010年代以降はケイセルとデ・ハウトマンが考案した星座とされている[23]

ヨハン・バイエルの著書『ウラノメトリア』に描かれた南天の鳥の星座。ほうおう座は左下に描かれている。

ケイセルとデ・ハウトマンが考案したとされる星座は、みなみのさんかく座を除く11の星座が生物をモチーフとしているが、Phoenix だけは空想上の生物をモチーフとしている[4]。このことについて、星座の歴史に詳しいイギリスの科学史家イアン・リドパスは、16世紀当時はフェニックスが実在する鳥であると考えられていた可能性を指摘している[4]。当時、南方から送られてきた極楽鳥の標本を見て、ヨーロッパ人はフェニックスそのものかその近縁種であると推測したとされる[4]。実際、フランスの博物学者ピエール・ブロンは、1555年の著書『鳥類誌 (L'histoire de la nature des oyseaux)』の中で、フェニックスを実在の鳥として記載している[4][24]

この星座に付けられたギリシア文字の符号は、バイエルが付けたいわゆる「バイエル符号」ではなく、18世紀フランスの天文学者ニコラ=ルイ・ド・ラカイユによって付けられたものである。ラカイユは、自身が考案した14星座のほか、バイエルが符号をつけていなかった南天の星座にギリシア文字の符号を付しており、ほうおう座の星々にもαからχまでの符号を付した[25]。ラカイユが付した符号は、19世紀イギリスの天文学者フランシス・ベイリーが編纂した『The Catalogue of Stars of the British Association for the Advancement of Science』(1845年)に全面的に引き継がれ[26]、さらにアメリカの天文学者ベンジャミン・グールド1879年に出版した『Uranometria Argentina』で星座の境界線が引き直された際にοが外され、ψが加えられた[27]。21世紀現在ではωも加えられている。

1922年5月にローマで開催されたIAUの設立総会で現行の88星座が定められた際にそのうちの1つとして選定され、星座名は Phoenix、略称は Phe と正式に定められた[28]。新しい星座のため星座にまつわる神話や伝承はない。

中国

現在のほうおう座の領域は、中国の歴代王朝の版図からはほとんど見ることができなかったため、三垣二十八宿には含まれなかった。この領域の星々が初めて記されたのは明代末期1631年から1635年にかけてイエズス会士アダム・シャール徐光啓らにより編纂された天文書『崇禎暦書』であった[29]。この頃、明の首都北京の天文台にはバイエルの『ウラノメトリア』が2冊あり、南天の新たな星官は『ウラノメトリア』に描かれた新星座をほとんどそのまま取り入れたものとなっている[29]。これらの星座はそのまま清代1752年に編纂された天文書『欽定儀象考成』に取り入れられており、ほうおう座の星は「火鳥」という星官に充てられた[29]

呼称と方言

日本では明治末期に既に「鳳凰」という訳語が充てられていた。これは、1908年(明治41年)に創刊された日本天文学会の会誌『天文月報』の第1巻7号に掲載された「十月の空」と題する星図で確認できる[30]。この名称は、1910年2月に星座の訳名が改訂された際も据え置かれ[31]1925年(大正14年)に初版が刊行された『理科年表』にも「鳳凰(ほうわう)」として引き継がれた[32]1944年(昭和19年)に天文学用語が見直された際もこの呼称が継続して採用された[33]。戦後の1952年(昭和27年)7月に日本天文学会が「星座名はひらがなまたはカタカナで表記する」[34]とした際に、Phoenix の日本語の学名は「ほうおう」と改められた[35]。この改定以降は「ほうおう」が星座名として継続して用いられている。

現代の中国でも日本と同じく「鳳凰座」と呼ばれている[36]

脚注

出典