サモア諸島

サモア諸島(サモアしょとう、Samoa Islands)は、南太平洋上に位置する島々。オセアニアのうち、ポリネシアに含まれる。ニュージーランド[1]ハワイ諸島[2]以外ではポリネシアで最大の面積の島であるサバイイ島[3]のほか、ウポル島[3]トゥトゥイラ島[4]などからなる。

サモア諸島
上: マヌア諸島に属するオロセガ島。 下: サモア諸島の古い地図 (サモアアメリカ領サモアの境界線が示されている。2011年12月29日)
地理
場所ポリネシア
面積3,030 km2 (1,170 sq mi)
最高標高1,858 m (6096 ft)
行政
最大都市アピア(人口38,800)
最大都市タフナ英語版(人口9,756)
人口統計
人口249,839(2012年時点)
テンプレートを表示

西経171度線を境として、西側の西サモアと呼ばれる部分がサモア独立国、東側の東サモアと呼ばれる部分がアメリカ合衆国非自治的・未編入領域である[5]アメリカ領サモアに分かれている。どちらもポリネシア系のサモア人が民族構成の大半を占めており、サモア語英語を公用語としている。

歴史

ポリネシアの中でも古い歴史を有する地域であり、紀元前1000年ごろにはすでにポリネシア人が居住していた可能性が高い[6]18世紀の西洋人到着後は列強の侵略の対象となり、アメリカ、イギリスドイツの対立ののち、1899年の英・米・独による三国間の協定(英語版:en:Tripartite_Convention_(1899))で西経171度線を境として西側をドイツが、東側をアメリカが領有することとなった。

ドイツ植民地帝国の一部となった西サモアは第一次世界大戦でのドイツ敗戦により、1919年ニュージーランドを受任国とする国際連盟委任統治領となった。1946年の国際連盟の解散により国際連合信託統治領に移行。18世紀以降、侵略・支配に対する闘争が繰り返されてきたが、1962年に「西サモア」として独立。植民地支配からの独立を達成した太平洋上で最初の国となった。1997年には国名を現在の「サモア独立国」に変更した。

一方、東サモアは現在に至るまでアメリカが海外領土として領有しており、国際連合の非自治地域リストに記載されている[7]。非自治的・未編入領域に区分されているが、実際には1967年の独自憲法発効により自治政府が成立している。また、自治的・未編入領域と同様、アメリカ合衆国下院に議決権のない代表を選出している。

地理

サモア諸島は、フィジーから約800km、トンガから約590km、ニュージーランドから約2900km、ハワイから約4000kmの距離に位置する。大きな島は火山島であり、小さな島は環礁である。

サモア諸島には有人島が13あり、それらは南緯13度~14度、西経169度~173度内外に点在する。

サモア独立国は面積2831km2で人口18万5千人、最大の都市はアピア(人口38,800)。アメリカ領サモアは面積199km2で人口6万5千人、最大の都市はパゴパゴ(人口15,500)。最高峰はサバイイ島中央部にある標高1858mのシリシリ山(英語版:Silisili)。アメリカ領サモアの最高峰はタウ島のラタ山(標高963m)。

言語

公用語は、サモア語英語である。家庭ではサモア語が主体であるが、公文書は併記される場合もある。

脚注

西経171度12分 / 南緯14.267度 西経171.200度 / -14.267; -171.200

🔥 Top keywords: メインページ宮崎麗果特別:検索豊後水道松本忠久土居志央梨若葉竜也能登半島地震 (2024年)田中雄士長谷部誠井上道義The GazettE若林志穂服部百音黒木啓司REITA虎に翼平井理央出口夏希サーブ (盲導犬)三鷹事件セウォル号沈没事故白眞勲三淵嘉子高橋克也 (オウム真理教)ME:Iルーシー・ブラックマン事件佐藤ありさ杉咲花蜜谷浩弥水野真紀亀井亜紀子 (政治家)熊本地震 (2016年)水原一平井川意高中川安奈 (アナウンサー)内藤剛志いなば食品YOSHIKI