ネオカリマスチクス綱

ネオカリマスチクス綱(ネオカリマスチクスこう; 学名: Neocallimastigomycetes)は菌界の1つであり、ウシウマゾウなど植食動物消化管内に共生し、セルロースなどの分解を助けている。反芻動物第一胃(ルーメン)から多く見つかるため、ルーメン菌(ルーメン真菌、rumen fungi)ともよばれる[7][9][12]。酸素呼吸能を欠く絶対嫌気性生物(酸素存在下では生きられない生物)であり、ミトコンドリアは退化してハイドロジェノソームとなっている。そのため、anaerobic fungi (AF) や anaerobic gut fungi (AGF) ともよばれる[13][14]。単純な菌体を形成し、消化管内の植物片に付着し、これを分解する(図1)。細胞後端から後方へ伸びる1本から多数の鞭毛をもつ遊走子によって無性生殖を行い、また酸素耐性をもつ休眠細胞を形成する。

ネオカリマスチクス綱
分類
ドメイン:真核生物 Eukaryota
:菌界 Fungi
:ネオカリマスチクス門 Neocallimastigomycota
または
ツボカビ門 Chytridiomycota
:ネオカリマスチクス綱 Neocallimastigomycetes
:ネオカリマスチクス目 Neocallimastigales[注 2]
学名
Neocallimastigomycota M.J. Powell (2007)[4][5]

Neocallimastigomycetes M.J. Powell (2007)[4][5]
Neocallimastigales J.L. Li, I.B. Heath & L. Packer (1993)[4][1][注 2]

タイプ属
Neocallimastix Vávra & Joyon ex I.B. Heath (1983)[6]
和名
ネオカリマスチクス門[7][8][9]、ネオカリマスティクス門[10]、ネオカリマスティクス菌門[11]
下位分類

比較的近年になってから知られるようになった菌群であり、遊走子を形成することからツボカビ綱に分類されていた。しかし、21世紀になると、分子系統学的研究に基づいて独立の綱、ネオカリマスチクス綱とすることが提唱された。独立のネオカリマスチクス門Neocallimastigomycota)またはツボカビ門に分類される。2023年現在、22属50種ほどが知られる。

特徴

ネオカリマスチクス類の菌体は単純な単心性(1個の遊走子嚢になる)または多心性(複数の遊走子嚢になる)であり、発達した仮根または球根状の付着器をもつ(分実性[7][15][8][16][17][18][19](図1, 2, 3)。栄養細胞において、周囲に中心小体を欠く[16][17]。合成の際に酸素が必要な脂質であるエルゴステロールを欠き、代わりに tetrahymenol を用いる[18]。遊走子嚢と仮根の間などには隔壁が形成されるが(図1)、隔壁に孔(原形質連絡)はない[16][20]

2. Liebetanzomyces polymorphus の菌体: 光学顕微鏡 (A, C, E, G)、蛍光顕微鏡 (B, D, F, H)、共焦点顕微鏡 (I)、走査型電子顕微鏡像 (J, K): 菌体は遊走子嚢と仮根からなる。は遊走子嚢内のみにあり、仮根内にはない。スケールバー = 20 µm (A–I), 10 µm (J, K).

ネオカリマスチクス類は酸素呼吸能を欠く絶対嫌気性(偏性嫌気性)生物であり、典型的なミトコンドリアを欠き、代わりに2重膜に包まれたハイドロジェノソームとよばれる細胞小器官をもつ[7][16][17][19][18]。ハイドロジェノソームはおそらくミトコンドリアに由来するが、酸素呼吸能やクリステ、ミトコンドリアDNAを二次的に失ったと考えられている[16][19]。ハイドロジェノソーム内では基質レベルのリン酸化が起こり、ATP酢酸二酸化炭素水素を生成する[12][16][17][14][21]。また、細胞質基質での発酵によって、乳酸エタノールを生成する[12][11][22]

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3. Liebetanzomyces polymorphus の菌体: 遊走子嚢と発達した仮根からなる分実単心性の菌体。スケールバーは 20マイクロメートル

ネオカリマスチクス類は、遊走子鞭毛をもつ胞子)によって無性生殖を行う。遊走子は、細胞後端から後方へ伸びる1本から多数(16本以上)の鞭毛をもつ[15][8][16][19][23](図1D, 4)。多数の鞭毛をもつ場合、鞭毛は同期してまとまった構造として運動する[19]。鞭毛細胞が複数の鞭毛をもつことは、菌類としては例外的である。また、遊走子分裂前に鞭毛が生じる点でも他の菌類とは異なる[16][17]。遊走子の細胞形態は球形のものから洋ナシ型のものまで多様であり、アメーバ運動することもある[16]。同一の培養株に由来するものであっても、遊走子の大きさには変異が大きい[16]。遊走子嚢壁全体が崩壊して遊走子が放出される[19]。また、遊走子が着生して鞭毛を失う際には、基底小体を含めて鞭毛が完全に切り離される点で他の菌類とは異なる[16][17]

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4. Liebetanzomyces polymorphus の遊走子: 鞭毛は1本 (E, F) または2本 (G)。スケールバーは 10マイクロメートル

ネオカリマスチクス類の遊走子は、微細構造の点でも他の菌類の遊走子とは異なる特徴をもつ。鞭毛は遊走子後端の窪みから伸びており、また鞭毛を欠く中心体をもたない[16][17][19][5]基底小体の基端は、カップ状の構造で覆われている[16][19]。電子密度の高い構造 (spur) が基底小体基端付近に存在し、ここからを囲むように多数の微小管が放射状に伸びており、また数本の微小管からなる帯状の鞭毛根が側方の細胞膜へ伸びている[16][19]ハイドロジェノソームは核の周囲に存在し、リボソームは細胞前方で集塊を形成している[16][19]

遊走子は植物片に着生してシスト化(鞭毛を失い細胞壁で包まれる)し、発芽する。多くの種では、発芽した部分が仮根になり、遊走子シストは遊走子嚢となって分実単心性の菌体を形成する (endogenous thallus development)[14]。一方、Piromyces などでは、2方向に発芽し、一方は仮根に、もう一方が遊走子嚢になる (exogenous thallus development)[14]。また Capellomyces などでは、両方の発生形式が見られる[14]Orpinomyces などでは、発芽した部分から、複数の遊走子嚢がつながった仮根状菌糸体を形成する[14]Caecomyces などでは遊走子シストが発芽して球根状付着器となり、ここから1個または複数の遊走子嚢が形成される[14]

ネオカリマスチクス類は絶対嫌気性であるが、酸素存在下でも生存できる休眠細胞を形成する[15][17][19][14]。ただし、いくつかのネオカリマスチクス類から、それぞれ異なるタイプの休眠構造が報告されており、詳細はわかっていない[14]。ネオカリマスチクス類において有性生殖は報告されていないが、休眠細胞形成において、有性生殖が関わっている可能性が示唆されている[7][17]。またゲノム調査からは、ネオカリマスチクス類の栄養体が単相染色体を1セットのみもつ状態)であることが示唆されている[24]

知られている限りでは、ネオカリマスチクス類のゲノムサイズは 71–193 Mbp(1 Mbp = 100万塩基対)と菌類の中では比較的大きく、1万から2万個の遺伝子をもつ[18][20]。また、ゲノムのGC含量が極めて低い[18]

生態・生理

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5. 植物片上の Buwchfawromyces eastonii の菌体。スケールバーは 50マイクロメートル

ネオカリマスチクス類は、ウシヒツジシカキリンカバラクダウマサイゾウマーラカンガルーイグアナリクガメなど植食動物消化管内に生育し、セルロースなど難分解性の細胞壁成分を分解している[7][12][8][9][16][17][19][21][13][25][26](図5)。ただし、ほとんどの研究は家畜を対象としており、野生動物に共生するネオカリマスチクス類の研究例は多くない[19]。動物の消化管内には酸素がほとんどなく、ネオカリマスチクス類は酸素呼吸能を欠く絶対嫌気性生物である[16][19]。植食動物の消化管には、ネオカリマスチクス類に加えて、細菌古細菌原生動物などの微生物が生育し、特徴的な微生物群集を形成している[14]反芻類の消化管微生物群集の中で、ネオカリマスチクス類の生物量は最大20%を占めることが報告されている[14]。宿主動物は自身のみでは植物片を分解することができないが、これらの微生物と共同することで分解して栄養を得ており、ネオカリマスチクス類は特に植物片の初期分解に重要な役割を担っていると考えられている[16][14]

消化管内のネオカリマスチクス類の密度や種組成は、食べている餌の質や摂食頻度、及び宿主動物の分類群によって影響される[14][12]。例えば、飼料の繊維成分が多いと密度が高くなり[12]、また Khoyollomycesウマ科から、Oontomycesラクダ科から特異的に見つかる[14]

2022年現在、ネオカリマスチクス類の確実な例は植食性哺乳類爬虫類消化管のみから見つかっているが、形態観察に基づいてウニの消化管から報告された例がある[18]。また、環境DNAの調査からは、動物消化管外の植物遺体に富む嫌気的環境にもネオカリマスチクス類が自由生活している可能性が示唆されている[16][17]

ネオカリマスチクス類は、消化管内で動物が食べた植物片に着生し(図5)、仮根などをこれに侵入させ、植物片を物理的に分解するとともに、様々な酵素を分泌してセルロースや他の細胞壁成分を極めて効率的に分解する[16][19][14][12]。ネオカリマスチクス類は、セルラーゼ(エンドグルカナーゼ、エクソグルカナーゼ)、キシラナーゼ、マンナナーゼ、セロデキストリナーゼ、アミラーゼグルコシダーゼエステラーゼプロテアーゼなどさまざまな酵素を分泌する[17][14][12]。ネオカリマスチクス類のゲノムには、炭水化物分解酵素遺伝子が1,500–3,800個と極めて多いことが報告されている[18]。また、ネオカリマスチクス類がもつ植物細胞壁分解酵素の一部は、細菌からの遺伝子水平伝播に由来すると考えられている[16][14]。ネオカリマスチクス類の特徴として、さまざまな細胞壁分解酵素が互いに結合し、細胞外酵素複合体であるセルロソーム (cellulosome) を形成することが挙げられる[14]細菌のセルロソームとは異なり、ネオカリマスチクス類のセルロソームは、異なる種に由来する酵素が複合体を形成することができる。セルロソームによるセルロース分解は極めて効率的であり、特に植物片の初期分解に重要な役割を果たす[14]。家畜反芻類は、温室効果ガスであるメタンの発生源として注目されているが、ネオカリマスチクス類は水素酢酸二酸化炭素などを生成し、これ(特に水素)を用いてメタン菌がメタンを生成する[14]

反芻動物第一胃(ルーメン)では、水溶性ヘムなどのポルフィリンによってネオカリマスチクス類の遊走子放出が誘導され、遊走子はフェノール化合物や炭水化物に対する走化性を示すことが報告されている[16][14]。遊走子は活発に数時間遊泳することが可能であるが、ふつう30分以内に植物片に付着し、鞭毛を落としてシスト化した後に発芽する[14]。ネオカリマスチクス類のライフサイクルは短く、遊走子の着生から菌体の発達、遊走子嚢の形成まで24–32時間と極めて短時間で完了する[12]

ネオカリマスチクス類は、糞とともに排出された耐酸素能がある休眠細胞によって散布されると考えられている[16]。また、感染した親から未感染の子供へ、唾液によって伝播することも示唆されている[16]ヒツジでは、生後10日で消化管にネオカリマスチクス類が出現することが報告されている[12]

反芻動物や偽反芻動物(カバラクダ類など)では、ネオカリマスチクス類を含む前胃の微生物が、宿主動物にとってタンパク質ビタミンなど重要な栄養源になると考えられている[14][8]

人間との関わり

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6. ネオカリマスチクス類の培養

ネオカリマスチクス類は、動物体内で植物片を効率的に分解することから、生物工学的な視点(セルロース分解やバイオ燃料の生産など)から注目されている[16][17][27][28]。また、家畜飼料利用効率を向上させる観点からも研究されている[16][29]

ネオカリマスチクス類は上記のような応用研究も含めた研究対象となり、植食動物の糞や消化管から単離され、嫌気的条件で純粋培養が可能である[17][21][12](図6)。

分類と系統

ネオカリマスチクス類が最初に記載されたのは1910年代であるが、当初は遊走子のみが認識され、鞭毛虫として扱われていた[16][14][12]。その後、1970年代に、この遊走子がキチンを含む細胞壁で囲まれた菌体に由来するものであることが Colin Orpin によって発見され、ネオカリマスチクス類はツボカビ類に属する菌類であると考えられるようになった[16][17][14]。当初はツボカビ綱のスピゼロミケス目に分類されたが、遊走子の微細構造や生態的特異性などから、ツボカビ綱の1目としてネオカリマスチクス目が1993年に提唱された[16][17][30]。やがて分子系統学的研究からツボカビ門の姉妹群であることが示唆され、2007年にネオカリマスチクス門、ネオカリマスチクス綱が提唱された[5][17][31]。ただし、より大量のデータに基づいた分子系統学的研究からは、ネオカリマスチクス類がツボカビ門の中に含まれることが示唆されており、ネオカリマスチクス綱をツボカビ門に含めることもある[18][32]

ネオカリマスチクス類は、好気性のツボカビ様祖先から進化し、嫌気的環境に適応していったと考えられている[16]。おそらく、この過程で酸素呼吸能を失い、ミトコンドリアハイドロジェノソームへと変化した[16]分子時計解析からは、ネオカリマスチクス類の分化が比較的新しく、イネ科草本の誕生や植食哺乳類の誕生と関連していることが示唆されている[18]

ネオカリマスチクス類は小さなグループであり、2023年現在で約22属、50種ほどが知られる。これらは、分子形質、および遊走子の鞭毛数、菌体の構成、胞子嚢の発達過程や形態などに基づいて分類されている[17][19][14][33][26]。真核生物では種レベルの分子形質としてリボソームDNAのITS領域 (internal transcribed spacer) が広く利用されているが、ネオカリマスチクス類ではこれに大きなゲノム内変異があるため、代わりに大サブユニットリボソームRNA遺伝子 (28S rDNA) が用いられる[19]。また環境DNAを用いた調査からは、ネオカリマスチクス類がより大きな多様性をもつことが示されている[16][17][19][14]

ネオカリマスチクス類は1綱、1目、1科に分類されていたが[14]、2023年にこれを4科に分けることが提唱されている[33](下表1)。系統的には、多鞭毛(16本以上)の遊走子をもつ属(Aestipascuomyces, Feramyces, Ghazallomyces, Orpinomyces, Pecoramyces, Neocallimastix)、および球根状の付着器をもつ属(Caecomyces, Cyllamyces)はそれぞれ単系統群を形成することが示唆されている[19](下図7)。

ネオカリマスチクス綱

Testudinimyces

Astrotestudinimyces

Khoyollomyces

Agriosomyces

Tahromyces

Buwchfawromyces

Anaeromycetaceae

Oontomyces

Liebetanzomyces

Capellomyces

Anaeromyces

Piromycetaceae

Piromyces

Aklioshbomyces

Caecomycetaceae

Caecomyces

Cyllamyces

ネオカリマスチクス科

Paucimyces

Pecoramyces

Orpinomyces

Ghazallomyces

Feramyces

Aestipascuomyces

Neocallimastix

ネオカリマスチクス目
7. ネオカリマスチクス門の系統仮説の一例[33][26]

表1. ネオカリマスチクス類の属までの分類体系の一例[34][4][33][26]

脚注

注釈

出典

関連項目

外部リンク