強襲揚陸艦

飛行甲板やLHA、LHDを備えた揚陸艦の一種

強襲揚陸艦(きょうしゅうようりくかん、英語: Amphibious assault ship)は、揚陸艦の一種。元々は全通飛行甲板を備えたヘリコプター揚陸艦(LPH)を指していたが、後にウェルドックを備えたLHA (Landing helicopter assaultやLHD (Landing helicopter dockが登場すると、これらも含まれるようになった[1][2]

スペイン海軍「フアン・カルロス1世」。全通飛行甲板とウェルドックを備えている。

大戦中の試み

全通飛行甲板を備えた「あきつ丸」。飛行甲板後方の機体は三式指揮連絡機
艦首甲板に飛行甲板を備えたLST-906

大日本帝国陸軍では、海軍航空母艦とは別途に、類似した機能を備えた陸軍特殊船を建造していた。これらは上陸用舟艇飛行機の両方を搭載する上陸戦用の特殊輸送船であり、上陸部隊を乗せた舟艇を発進させると同時に搭載機をも船上から発進させ、泊地の防空や敵陣地の偵察のほか、攻撃に使用するという構想であった[3]

まず、1934年竣工の「神州丸」で航空機の発艦に対応したのち、発展型として1942年に竣工したあきつ丸では全通飛行甲板を設置し、より本格的な空母に近い構造となった。同船は海軍の空母と比べると速力などの性能が限定的であり、当初は航空機運搬船として使用されていたが、後に同船でも発着できる三式指揮連絡機カ号観測機が登場すると、艦上運用が行われることになった[3]。ただし、これらは当初計画されていた上陸戦用というよりは、護衛空母として対潜哨戒にあたるためのものであった。また、航空機の艦上運用を想定した改造は行われたものの、1944年秋に撃沈された結果、空母として使用する機会は得られなかった[4]

一方、アメリカ海軍も、LST-1級戦車揚陸艦の一部に飛行甲板を設置して連絡機観測機の運用を試みており、まず1943年8月のシチリア島上陸作戦の際にLST-386が投入された。続くサレルノ上陸作戦(アヴァランチ作戦)でLST-337が投入された際には風が弱く1機しか発艦させられなかったが、この構想は依然として魅力的であり、1944年1月のアンツィオの戦いのためにLST-16、また南フランスへの上陸作戦のためにLST-525・906も改修された[5]

LSTの構造上、艦尾の艦橋構造物が邪魔になって全通飛行甲板を設けることができないため、これらの艦はいずれも航空機を発艦させることはできても着艦させることはできなかった。1944年8月には、LST-776にブロディー着艦装置を設置し、メキシコ湾上で着艦実験を行った。同艦は沖縄戦で実戦投入されている[5]

LPHの誕生とLHA・LHDへの発展

CH-53を搭載した「イオー・ジマ
ウェルドックの門扉を開放した「ベロー・ウッド

ヘリコプターの発達を受けて、アメリカ海兵隊では水陸両用作戦でのヘリボーン戦術の活用について模索していた。海軍もその洋上拠点となるヘリ空母について検討しており、当初は攻撃輸送艦(APA)に航空母艦としての機能を組み合わせたものとして、APA-Mと仮称されていた。実験的に護衛空母「セティス・ベイ」を改装したのち、まずは1958年度から1966年度にかけ、ヘリコプター揚陸艦(LPH)としてイオー・ジマ級7隻が建造された[注 1]。また、これと並行してヘリコプターの運用能力は妥協しつつ、上陸用舟艇の運用能力を強化したドック型輸送揚陸艦(LPD)の計画も進められ、1959年度よりローリー級の建造が開始された[1]

APA-M試案の段階では上陸用舟艇のためのウェルドックが設けられていたが、LPHとLPDを揚陸輸送艦 (LPA) 貨物揚陸艦(LKA)のように補完しあって運用させればよいと判断され、実際に建造されたイオー・ジマ級では削除された。だが、その後の再検討により、このままでは艦隊としての重装備の揚陸能力が不足することが判明したことから、イオー・ジマ級の最後2隻にウェルドックを追加することも検討されたものの、結局は最終7番艦にLCVP 2隻のためのボートダビットを追加するに留まった[1]

この情勢を踏まえ、海軍作戦部長から委託されて将来揚陸艦について研究していた海軍分析センター (CNAでは、LPHとLPDを統合し、全通飛行甲板とウェルドックを兼ね備えた新型艦としてLHA (Landing helicopter assaultを検討するようになった[1]。これに基づいて1969年度から建造されたのがタラワ級であり、LPHとLSDに加えてLKAや揚陸指揮艦(LCC)の各機能を兼備した充実した能力を備え、イオー・ジマ級よりもかなり大型化してエセックス級航空母艦を凌ぐ大型艦となった[2]

1960年代末から1970年代のアメリカ海軍は、STOVL方式の軽空母である制海艦(SCS)を検討していたが、強襲揚陸艦はそのための実験にも供された。まずは1972年から1974年にかけ、イオー・ジマ級の1隻である「グアム英語版」に海兵隊AV-8A攻撃機と海軍のSH-3ヘリコプターを搭載してのSCSの評価試験が行われた[7]。その後にSCS計画は頓挫したが、強襲揚陸艦をSCSとして用いるための研究は継続されており、1981年の演習ではタラワ級「ナッソー」に19機のAV-8Aを搭載しての運用試験が行われたほか、湾岸戦争の際には、同艦にAV-8B 20機を搭載して「ハリアー空母」としての作戦行動が実施された[8]

これらの実績を踏まえ、タラワ級に続くワスプ級では垂直/短距離離着陸機LCAC-1級エア・クッション型揚陸艇の運用に合わせ、設計が改訂された[2][8]。また、ウェルドックを廃止する代わりとして、さらに航空運用機能を強化した発展型としてアメリカ級も建造され、F-35Bを20機搭載しての「ライトニング空母」としての運用も検討されているものの、このような揚陸能力の弱体化は海兵隊には不評であり、3番艦以降ではウェルドックが復活することになった[9]

歴代強襲揚陸艦との比較
LHA アメリカ級LHD ワスプ級LHA タラワ級
(最終状態)
LPH イオー・ジマ級
(最終状態)
フライトIフライト08番艦1-7番艦
船体満載排水量50,000 t以上45,570 t41,335 t40,650 t39,300 t18,300 t
全長257.3 m254.2 m180.4 m
最大幅32.3 m42.7 m38.4 m31.7 m
機関方式CODLOG蒸気タービン
出力70,000 hp72,000 hp77,000 hp22,000 hp
速力22ノット24ノット23ノット
兵装砲熕25mm単装機関砲×2 - 3基76mm連装砲×2基
ファランクス 20mmCIWS×2 - 3基
12.7mm連装機銃×3 - 8基
ミサイルESSM 8連装発射機×2基シースパロー 8連装発射機×2基シースパロー 8連装発射機×2基
RAM 21連装発射機×2基
航空運用機能飛行甲板全通(STOVL対応)
航空燃料不明3,813 t1,960 t約1,200 t
搭載機数AV-8Bなら24機、F-35Bなら20機AV-8Bなら20機AV-8なら12機
MV-22Bなら42機CH-46なら38機CH-46なら20機
輸送揚陸機能舟艇LCACなら2隻なしLCACなら3隻
LCM(6)なら12隻
LCACなら1隻
LCM(6)なら20隻
なし
(7番艦のみLCVP×2隻)
上陸部隊1個大隊揚陸チーム (約1,900名)
同型艦数9隻予定2隻1隻7隻(1隻退役)5隻(退役)7隻(退役)

アメリカ国外での普及

任務の多様化に対応して戦争以外の軍事作戦も考慮された「ミストラル
「フアン・カルロス1世」艦上のハリアーII攻撃機

ソ連海軍では、1980年代に入るとタラワ級に似た11780型揚陸艦を設計したが、スキージャンプ勾配を設置するか否かなどの点で海軍総司令官と参謀本部とが対立し、ソビエト連邦の崩壊もあって結局は実現しなかった[10]。その後を引き継いだロシア海軍は、2011年には下記のミストラル級 2隻の建造契約を締結したが[11]2014年ウクライナ騒乱およびクリミア危機に伴って引き渡しを受けられなくなり、竣工直前だった艦はエジプト海軍に引き渡された[12]。その後、独自設計の全通甲板型強襲揚陸艦として23900型の計画を進めている[12]

イギリス海軍は、アメリカとともに早期から水陸両用作戦でのヘリボーン戦術の活用を試みてきた海軍であり、従来は航空母艦をもとにヘリコプター揚陸艦へと転用ないし兼任させたコマンドー母艦を運用してきたが、フォークランド紛争でのヘリコプターの活躍を踏まえて、専用のヘリコプター揚陸艦として「オーシャン」を建造した[8][注 2]。また、フランス海軍はさらに大型でLHA/LHDと同様に全通飛行甲板とウェルドックを兼ね備えたミストラル級を建造したが、これらはいずれも固定翼機の運用は行っていない[8]

一方、スペイン海軍は、ミストラル級よりもさらに大型でスキージャンプ勾配も備えるなど航空運用能力が高い「フアン・カルロス1世」を建造したが、これは軽空母プリンシペ・デ・アストゥリアス」の代艦も兼ねることになっている[13]。また、イタリア海軍の「トリエステ」でも、サン・ジョルジョ級と「ジュゼッペ・ガリバルディ」の代艦を兼用できるように全通飛行甲板とウェルドックを兼ね備え、空母としての運用も想定されている[12]

中国人民解放軍海軍は、これらの艦よりもさらに大型の全通甲板型強襲揚陸艦である075型を建造しており、後継艦では空母としての運用も検討されている[14]

主な強襲揚陸艦の比較
アメリカ級
フライト1
075型 トリエステ フアン・カルロス1世 ミストラル級
船体満載排水量50,000 t以上36,000 - 40,000 t38,000 t27,082 t[注 3]21,500 t
全長257.3 m232 m245 m230.82 m210 m
全幅32.3 m36 m32 m
機関方式CODLOGCODADCODOG電気推進CODAGEディーゼル・エレクトリック
出力70,000 hp65,000 hp102,000 hp29,500 hp19,040 shp
速力22 kt25 kt19.5 kt18.8 kt
兵装砲熕ファランクスCIWS×2基H/PJ-11 CIWS×2基76mm単装砲×3基20mm機関銃×4基30mm単装機関砲×2基
12.7mm連装機銃×7基25mm単装機関砲×3基12.7mm機関銃×2基12.7mm機関銃×4基
ミサイルESSM 8連装発射機×2基HHQ-10 18連装発射機×2基VLS×16セル
アスターまたはCAMM
-SIMBAD 2連装発射機×2基
RAM 21連装発射機×2基
航空運用機能飛行甲板全通(STOVL対応)全通全通(スキージャンプ式全通
搭載機数F-35B×6機ヘリコプター×30機F-35B×4-8機AV-8B×10機
※将来はF-35Bも考慮
ヘリコプター×16機
ヘリコプター×20機以上ヘリコプター×6-9機ヘリコプター×12機
輸送揚陸機能舟艇LCAC-1級×2隻LCAC×3隻70 t LCU×4隻
またはLCAC-1級×1隻
LCM-1E型×4隻と複合艇×4〜6隻
またはLCAC-1級×1隻
LCM×8艇
LCU×2艇またはLCAC-1級×2隻
上陸部隊約1,900名約1,600名1,043名902名短期:900名
長期:400名
同型艦数9隻予定3隻(5隻計画中)1隻1隻(準同型3隻[注 4]3隻(準同型2隻[注 5]

脚注

注釈

出典

参考文献

  • Friedman, Norman (2002). U.S. Amphibious Ships and Craft: An Illustrated Design History. Naval Institute Press. ISBN 978-1557502506 
  • Polmar, Norman (2008). Aircraft Carriers: A History of Carrier Aviation and Its Influence on World Events. Volume II. Potomac Books Inc.. ISBN 978-1597973434 
  • Polutov, Andrey V.「ソ連/ロシア空母建造史」『世界の艦船』第864号、海人社、2017年8月、1-159頁、NAID 40021269184 
  • Saunders, Stephen (2015). Jane's Fighting Ships 2015-2016. Janes Information Group. ISBN 978-0710631435 
  • 秋本實「陸軍の空母」『世界の艦船』第481号、海人社、178-181頁、1994年5月。NDLJP:3292265 
  • 阿部安雄「アメリカ揚陸艦史」『世界の艦船』第669号、海人社、2007年1月。 NAID 40015212119 
  • 大塚好古「世界の強襲揚陸艦 ラインナップ (特集 強襲揚陸艦)」『世界の艦船』第937号、海人社、76-85頁、2020年12月。 NAID 40022388506 
  • 福井静夫『世界空母物語』光人社〈福井静夫著作集〉、2008年。ISBN 978-4769813934