CREB

CREB(cAMP response element binding protein)[1]転写因子であり、cAMP応答配列(cAMP response element、CRE)と呼ばれる特定のDNA配列に結合し、遺伝子転写を増加させたり低下させたりする[2]。CREBは1987年に、ソマトスタチン遺伝子を調節するcAMP応答性転写因子として最初に記載された[3]

CREBはDNA結合能を持つ転写因子であり、遺伝子発現を調節する。

CREBによって転写が調節される遺伝子には、c-FosBDNFチロシンヒドロキシラーゼ、多くの神経ペプチド英語版(ソマトスタチン、エンケファリンVGF英語版副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)の遺伝子や[2]、哺乳類の概日時計英語版に関与する遺伝子(PER1英語版PER2英語版)などがある[4]

CREBの構造と機能は、CREM英語版ATF1英語版などのタンパク質と密接に関連している。CREBタンパク質はヒトを含む多くの動物で発現している。

CREBは脳の神経可塑性英語版長期記憶英語版の形成に関する役割がよく知られており、空間記憶英語版の形成に不可欠であることが示されている[5]。CREBのダウンレギュレーションはアルツハイマー病の病理への関与が示唆されており、CREBの発現の増加はアルツハイマー病の治療標的の可能性の1つとして考えられている[6]。CREBは哺乳類の光同調にも関与している。

サブタイプ

CREBまたはCREB様タンパク質には次のようなものがある

構造

CREBタンパク質の一般的な構造

CREBタンパク質は、PKACAMK英語版などさまざまなキナーゼによってセリン残基がリン酸化されることで活性化される[7]。CREBタンパク質は活性化されると、他の転写コアクチベーターをリクルートして5' UTRのCREプロモーターに結合する。CREBタンパク質のαヘリックスには疎水的なロイシン残基が並んでいる。これらのロイシン残基は二量体を形成している他方のCREBタンパク質のロイシン残基と強固に結合する。このロイシン残基の連鎖によってロイシンジッパーモチーフが形成される。また、CFREBタンパク質はDNAへの結合を促進するマグネシウムイオンを結合する。

cAMP応答配列

cAMP応答配列(CRE)はCREBが結合する応答エレメント英語版であり、高度に保存されたヌクレオチド配列5'-TGACGTCA-3'を含んでいる。CREは通常、遺伝子の上流のプロモーター領域やエンハンサー領域に位置する[8]ヒトゲノム上には、CREBの結合のhalf-siteとなりうる回文型CREは約750,000個存在する。しかし、これらの部位の大部分はタンパク質の結合を物理的に阻害するシトシンメチル化のため、非結合状態となっている[9]

作用機序

CREBの典型的な(ただし多少単純化された)作用機序は次のようなものである。シグナルが細胞表面に到達すると対応する受容体が活性化され、cAMPやCa2+などのセカンドメッセンジャーが産生されてプロテインキナーゼが活性化される。プロテインキナーゼは細胞核へ移行し、そこでCREBタンパク質を活性化する。活性化されたCREBタンパク質はCRE領域に結合し、その後コアクチベーターであるCREB結合タンパク質英語版(CBP)が結合して特定の遺伝子をオンにしたりオフにしたりする。CREBのDNAへの結合はbZIPドメイン英語版を介して行われる。

脳における機能

CREBはさまざまな器官で多くの機能を持っているが、その機能の一部は脳と関係した研究が行われている[10]神経細胞内のCREBタンパク質は、長期記憶の形成に関与していると考えられており[11]、このことはアメフラシ、キイロショウジョウバエ、ラット、マウスで示されている[1]認知機能におけるCREB英語版を参照)。CREBは、長期増強の後期に必要である。また、CREBは薬物依存症の発症やさらには精神的依存にも重要な役割を果たしている[12][13][14]

疾患との関係

脳でのCREBの阻害はハンチントン病の発症と進行に寄与する場合がある。

CREBのKIDドメインと相互作用するCREB結合タンパク質(CBP)の異常はルビンシュタイン・テイビ症候群英語版と関係している。

CREBの機能低下が大うつ病性障害と関係していることを示唆する証拠がいくつかある[15]歯状回英語版でCREBを過剰発現させたうつ病のラットは、抗うつ薬を投与したラットと同様の行動をとった[16]。また、未治療の大うつ病性障害患者の大脳皮質では、健常人や抗うつ薬治療を受けた患者と比較して、CREBの濃度が低下していることが剖検から示されている[16]。CREBの機能は、セロトニンノルアドレナリンシナプス後のGタンパク質共役受容体に結合することで生じるシグナル伝達経路を介して調節される。これらの神経伝達物質の機能異常も大うつ病性障害への関与が示唆されている[15]

概日リズムへの関与

哺乳類の概日時計の同調は、光によるPERの誘導によって確立される。光はメラノプシン英語版を含む内因性光感受性網膜神経節細胞英語版を興奮させ、網膜視床下部路英語版(RHT)を介して視交叉上核(SCN)へシグナルを伝達する。RHTの興奮によってグルタミン酸が放出され、SCNのNMDA受容体に受容されることで、SCNへのカルシウムの流入が引き起こされる。カルシウムはCaMKの活性を誘導し、PKA、PKC英語版CK2の活性化が引き起こされる[17]。これらのキナーゼはCREBを概日的にリン酸化し、下流の遺伝子発現をさらに調節する[18]。リン酸化されたCREBはCREを認識し、哺乳類の概日時計を制御する2つの遺伝子、Per1とPer2の転写因子として機能する。このPERタンパク質の誘導によって明暗サイクルに合わせて概日時計を同調させることができ、転写-翻訳フィードバックループを介して自身の転写を抑制して概日時計を進めたり遅らせたりすることができる。しかし、PER1およびPER2タンパク質の誘導の応答性は主観的夜間にのみ顕著である[4]

CREBの概日リズムへの関与の発見

Michael Greenbergは、1993年に光パルスとCREBのリン酸化の相関を示す一連の実験を通してCREBが哺乳類の概日時計に果たす役割を初めて実証した。In vitroでは、主観的夜間の光はCREBのタンパク質レベルではなくリン酸化の増加をもたらした。In vivoでは、主観的夜間に概日リズムの位相シフトを誘導する光パルスはSCNでのCREBのリン酸化と相関していた[19]。2002年のGunther Schutzによる実験では、リン酸化部位であるSer142を欠く変異マウスでは、光パルスに反応した時計調節遺伝子mPer1の誘導を行うことができなかった。さらに、これらの変異マウスは明暗サイクルに同調することが困難であった[20]

出典

関連文献

外部リンク