カーミラ

カーミラ』(Carmilla)は、1872年に出版されたアイルランドイギリス)の小説家シェリダン・レ・ファニュによる幻想文学怪奇小説(ゴシックホラー)。オーストリアシュタイアーマルクを舞台とし、19歳の名士の娘ローラの日記という形で展開される書簡体小説であり、実は吸血鬼である謎の美少女カーミラとの出会いと彼女の周りで起こる不可思議な出来事、そして討伐が叙述される。

カーミラ
Carmilla
D・H・フリストン(英語版)による初出誌「ダーク・ブルー」の挿絵(1872年)
D・H・フリストン英語版による初出誌「ダーク・ブルー」の挿絵(1872年)
作者シェリダン・レ・ファニュ
アイルランド
言語英語
ジャンルゴシックホラー
発表形態雑誌連載
初出情報
初出ダーク・ブルー英語版
1871 - 1872年
刊本情報
収録短編集『In a Glass Darkly』(Richard Bentley & Son)
出版年月日1872年
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本作は怪奇小説の古典で、吸血鬼の設定を確立したとされるブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(1897年)よりも四半世紀早い作品であり、この『ドラキュラ』に影響を与えたともされている。同性愛者(レズビアン)の美貌の女吸血鬼という設定は後世の吸血鬼作品に大きな影響を与え、「カーミラ」という名は女吸血鬼の代名詞的なものになっている。

あらすじ

マイケル・フィッツジェラルドによる挿絵(「ダーク・ブルー」、1872年1月)

本作は主人公ローラが19歳の頃に起きた話を、回想して手記にしたためたという形式で展開される。下記のあらすじの物語展開上の時系列は多少前後する。

オーストリアシュタイアーマルクに、地元名士の娘で、19歳になるローラがいた。彼女は幼い時に母を亡くし、今は父や数人の使用人と共に城に住んでいる。城は近くの村でも7マイルも離れた陸の孤島であり、たまに来る客と接する以外、彼女は寂しい生活を送っていた。

ある夏の日、ローラは父の友人であるスピエルドルフ将軍の姪が城に来るのを楽しみに待っていたが、その彼女が亡くなったという手紙が届く。将軍はかなり取り乱しているようであり、あの怪物を捜索し退治するといった要領を得ない内容も手紙には書かれていた。その後日、城の前で馬車の事故が起きる。それには気絶した美少女と、その母と称する貴族然とした美しい女性が乗っていた。母は急ぎの旅で娘を城に預けたいと頼み、ローラが話し相手を欲していたこともあって、3ヶ月預かることが決まる。

目が覚めた美少女カーミラ(Carmilla)と対面したローラは、彼女が12年前に起きた不思議な出来事で出会った少女とそっくりであることに気づく。彼女は12年前に夢であなたと出会ったと言い、ローラもそれを肯定する。彼女の話にはいくつか齟齬があったが、ローラはたちまち彼女に魅了され、それまでの疑問や反発はどこかへいってしまう。それからカーミラとの共同生活が始まり、ローラはこの生活を満喫するものの、カーミラは毎日チョコレート1杯しか食事をとらなかったり、賛美歌に異常な嫌悪感を示すなど不可解な様子も見せる。さらにカーミラはローラに対し、度々愛撫のような過剰なスキンシップをしながら愛を語ることもあった。他方、カーミラが現れてから周辺の村で異変が起き始めていており、特に何人もの女性が幽霊を見たと言い残すと体調を崩してそのまま死亡することが多発していた。

ある日、ローラは、母方の一族の一人で1世紀以上前の人物であるカルンスタイン伯爵夫人マーカラ(Marcilla)の肖像画を見る。ローラは、マーカラとカーミラが瓜二つで、ほくろの位置まで同じことに気づく。その晩、ローラは夢の中で黒猫のような動物に襲われ、胸を2本の針を刺されたような鋭い痛みを覚えて飛び起きる。すると部屋の中には黒い服を着た女がおり、恐怖で動けないローラの前からゆっくりと移動し、ドアを開けて出てゆく。しかし、すぐにドアの鍵を調べても鍵は寝る時同様にかかったままで、ローラは言い知れない恐怖を感じる。この晩以降、ローラは毎朝目を覚ますたびに、だるいような体の不調を覚え、徐々に体調が悪化していく。医者は彼女の喉の下に青い痣を見つける。

スピエルドルフ将軍から再び手紙を受け取った父は、ローラを連れてカルンスタインの城跡へ向かい、その途中で将軍と合流する。将軍はこれから姪ベルタの敵討ちをすると言い、事の経緯を語り始める。ある仮面舞踏会にてベルタは、美しい貴族の母娘と出会い、その娘ミラーカ(Millarca)と意気投合する。母は急の用事で娘を預けたいと依頼し、ベルタの要望もあって将軍はミラーカを預かることを決める。ミラーカには奇癖があったが、それはまさしくカーミラのそれと一致していた。そして、ベルタは次第に毎夜悪夢を見るようになって日々衰弱していくようになる。ベルタを診た医師は、ローラと同じく喉の下に青い痣を見つける。深夜、将軍はベルタの寝室に待機し見張っていると黒い何かが彼女に襲いかかるところを目撃する。将軍はサーベルで返り討ちにしようとするが、それがミラーカだとわかった瞬間に消えてしまう。そしてベルタはそのまま弱っていき、その日のうちに亡くなったという。

カルンスタインの城跡に着くが、そこは今は礼拝堂があるだけで廃村のようになっていた。地元の木こりに土地の謂れを聞くと、彼はかつて吸血鬼騒動が起きたことを話す。邪悪な吸血鬼に困った村人は通りかかったモラヴィアの貴人に助けを求め、吸血鬼は退治されるが、貴人は報酬として伯爵夫人マーカラの墓を移すことを求めたという。その墓の場所はわからない。将軍がベルタの話をしていると突然カーミラが現れ、礼拝堂に入っていく。将軍は斧で彼女に斬りつけるが簡単に躱され、彼女の怪力で手首を捻られて斧を落とすと、彼女の姿が消える。直後に男爵と呼ばれる老人ヴォルデンベルグが礼拝堂に入ってくる。将軍は男爵を歓迎し、彼が持ってきた地図を元にマーカラの墓碑を発見する。一行は一旦城に帰るが、その日にカーミラが姿を現すことはなかった。

翌日、カルンスタインの礼拝堂で吸血鬼退治の儀式が行われる。マーカラの墓を暴くと、そこにはミラーカともカーミラとも呼ばれた、美しい女性の姿があった。鉛の棺には大量の血が溜まっており、女性は既に死んでいるにもかかわらず生命活動を続けていた。古式の吸血鬼討伐の儀式に則り、その心臓に尖った杭を打ち込んで首を斬り落とし、遺体を焼いてその灰は川に流された。

後日談としてローラはヴォルデンベルグとの会話を記す。彼は先祖代々の吸血鬼の専門家であり、まず、その特徴を説明する。次にマーカラに纏わる話の真相を明かす。実はモラヴィアの貴人は、ヴォルデンベルグの先祖であり、かつ生前のマーカラの恋人であった。貴人は吸血鬼に襲われて亡くなった彼女が吸血鬼になって蘇ること、また、その際に酷い方法で討伐されることを危惧し、彼女の墓を隠したのであった。しかし、後に後悔して自ら討伐しようとしたがその直前に亡くなってしまったという。ただ、子孫に墓の場所を記した地図を残しており、ヴォルデンベルグは先祖の仕事を引き継いだと明かす。

その後もローラはカーミラのことを忘れられず、ふとした拍子にカーミラの影を追ってしまう様子を描いて終劇となる。

出版

本作は1871年末から1872年初めにかけて文芸誌『ダーク・ブルー』(The Dark Blue)にて連載された[1]。その後、1872年にシェリダン・レ・ファニュの短編集『In a Glass Darkly』に収録される形で出版された。挿絵はデイヴィッド・ヘンリー・フリストンとマイケル・フィッツジェラルドが担当した。しかし、作中の描写と挿絵には齟齬があり、現在の出版では用いられていない[2]

典拠

ドム・オーギュスタン・カルメット英語版の肖像画

吸血鬼ドラキュラ』もそうであるように、古くから物語の元になった取材源が推測されてきた。用いられた資料の1つは1751年にドム・オーギュスタン・カルメットが書いた、魔術・吸血鬼・幽霊についての言及がある論文である。これはその3年前に、吸血鬼のような存在に苦しめられているとするある町について書いた司祭の報告書をカルメットが分析したというものである。その司祭は現地で住民たちから聞き取り調査を行い、吸血鬼は夜に近くの墓場からやってくること、また多くの住民の枕元に現れたことなどを報告している。そして町を訪れた、あるハンガリー人の旅人が墓地に罠を仕掛けて吸血鬼の首を切り、町を助けたという。これは本作の第13章で語られる逸話の元になったと考えられている[3][4][5][6]

マシュー・ギブソンは、『カーミラ』に影響を与えたものとして、サビーネ・バーリング=グールド牧師の『狼人間の書』(1863年)、エリザベス・バートリに関する記述、コールリッジの『クリスタベル』バジル・ホール大尉の『シュロス・ハインフェルト、あるいはシュタイアーマルク地方の冬』(ロンドン、エディンバラ、1836年)などを挙げている。特にホールの書籍は、シュタイアーマルクの描写に大きな影響を与え、またプルグストール伯爵夫人ジェーン・アン・クランストゥーンがカーミラとローラのモデルになったという[7][8]

日本語訳

出版年タイトル出版社文庫名訳者ISBNコード備考
1948年死妖姫 : カーミルラ新月社英米名著叢書野町二
1958年吸血鬼カーミラ東京創元社世界恐怖小説全集平井呈一『緑茶』を同時収録
1970年吸血鬼カーミラ東京創元社創元推理文庫平井呈一1958年版の改版、他6編を収録
1972年吸血少女カーミラ偕成社世界の怪奇名作野田開作
1977年吸血少女カーミラ(『怪奇幻想の文学』収録)新人物往来社怪奇幻想の文学平井呈一
1996年吸血鬼カーミラ大栄出版Story remix清水みち・鈴木万里ISBN 4-88682-605-9徳吉久によるイメージ写真付
2015年女吸血鬼カーミラ亜紀書房長井那智子ISBN 978-4-7505-1424-6
2020年死妖姫(『ゴシック文学神髄』収録)筑摩書房ちくま文庫野町二ISBN 4-480-43697-91948年版の改版
2020年『カーミラ』スイッチパブリッシング柴田元幸雑誌『MONKEY vol.22 特集 悪霊の恋人』所収
2023年カーミラ : レ・ファニュ傑作選光文社光文社古典新訳文庫南條竹則ISBN 4-334-10167-4

児童向けリライト

出版年タイトル出版社文庫名訳者ISBNコード備考
1972年女吸血鬼カーミラ朝日ソノラマ少年少女世界恐怖小説中尾明
1985年女吸血鬼カルミラポプラ社ポプラ社文庫. 怪奇シリーズ榎林哲
1993年女吸血鬼カーミラ岩崎書店フォア文庫中尾明ISBN 4-265-01085-7
1996年吸血鬼カーミラ集英社子どものための世界文学の森百々佑利子ISBN 4-08-274035-X
2014年吸血鬼ドラキュラ・女吸血鬼カーミラ : 新訳集英社集英社みらい文庫長井那智子ISBN 4-08-321197-0吸血鬼ドラキュラ』を併録
2023年吸血令嬢カーミラ = Carmillaポプラ社ホラー・クリッパー令丈ヒロ子ISBN 978-4-591-17835-5『美しき人狼』(フレデリック・マリアット)を併録

翻案作品

映画

ラジオドラマ

漫画

脚注

注釈

出典

参照文献

  • Kürti, László (2009). “The Symbolic Construction of the Monstrous: The Elizabeth Bathory Story”. Narodna umjetnost: hrvatski časopis za etnologiju i folkloristiku 46 (1): 133-159. 

関連項目

外部リンク