男性型脱毛症

男性型脱毛症(だんせいがただつもうしょう、androgenetic alopecia、androgenic alopecia、alopecia androgenitica、AGA)は、思春期以降に発症する進行性の脱毛症のことである。AGAの典型的な経過では脱毛はこめかみの上から始まり、生え際の後退により特徴的な「M字」パターンとなる。また、頭頂部の毛髪は細くなり、薄毛や禿髪となる。(訳注:androgenetic alopecia は字義通りに訳せば「男性ホルモン型脱毛症」となる。「男性型脱毛症」という訳はむしろ male-pattern baldness に近いが、日本での通例としてこの訳を用いた)

男性型脱毛症
概要
分類および外部参照情報
ICD-10L64
DiseasesDB7773
MedlinePlus001177
eMedicinederm/21
MeSHD000505

女性の場合には「女性男性型脱毛症」(Female AGA, FAGA)と呼ばれる。男性のパターンとは異なり生え際のラインは変わらずに頭頂部・前頭部を中心に頭部全体の毛髪が細くなる。完全な禿髪になることは稀である。

AGAは遺伝的な要素が大きく関わっており、男性ホルモンジヒドロテストステロン(dihydrotestosterone, DHT)の作用によって引き起こされる。男性ホルモンは胎児期と思春期の男性生殖器の発達に重要であり、また男女ともに毛髪の成長と性欲に重要な働きを持つ。AGAは、前立腺癌と深く関連している。[1][2][3][4]

脱毛と遺伝子

研究者は両親から受け継いだ種々の遺伝子がAGAに関与していると考えている。男性ホルモン受容体遺伝子(androgen receptor gene, AR gene)の遺伝的多型は脱毛に関連しており、この遺伝子はX染色体上にあるため、母方の祖父や祖母から遺伝する。また、常染色体の3q26や20p11上にも疾患関連遺伝子の存在が知られているため、父方の脱毛が息子の脱毛に関連することも知られている。

男性ホルモン受容体(androgen receptor, AR)はDHTや他の男性ホルモンに反応する。ARには遺伝的多型があり、毛包での男性ホルモン受容体の感受性が異なる。こうした遺伝的多型が男女のAGAにおける脱毛リスクに関係していると思われる。AGAの発症には、遺伝と男性ホルモンが関与しており、一般的には家族性に現れる傾向があると見られている。

AGAに関連したホルモンのレベル

男性ホルモンにはテストステロンジヒドロテストステロン[5]デヒドロエピアンドロステロンアンドロステロンアンドロステンジオンなどがある。一般的にAGAを患っている患者は遊離テストステロンが高い。[6][7]遊離テストステロンとは、5αリダクターゼによってジヒドロテストステロンに変換される前駆体のことである。

5αリダクターゼ(5-alpha-reductase)は遊離テストステロンをDHTへと変換する酵素であり、主に頭皮と前立腺に存在する。遺伝子は解析されている。[8]

5αリダクターゼの活性は頭皮のDHTレベルを決定する要素となる。また、FDAによって脱毛症の治療薬として認可されている5αリダクターゼの阻害薬(フィナステリドのような、主にタイプ2サブタイプを阻害するもの)の使用量を決める目安にもなる。

5αリダクターゼにはⅠ型とⅡ型があり、それぞれ分布する部位が異なる。Ⅰ型はほぼ全身の皮脂腺に分布するのに対し、Ⅱ型は頭皮(主に前頭部と頭頂部)・脇・髭・陰部などの毛乳頭細胞に存在する。このうち、薄毛の原因となるジヒドロテストステロン(DHT)へ代謝されやすいのはⅡ型の5αリダクターゼであることがわかっている。[9]

性ホルモン結合グロブリン(sex hormone binding globulin, SHBG)はテストステロンと結合してその活性を抑え、DHTへの変換を抑制する。DHTレベルが高い人は一般的にSHBGレベルは低い。SHBGはインスリンにより下方制御(downregulate)される。

インスリン様成長因子1(insulin-like growth factor-1, IGF-1)の上昇は頭頂部の脱毛に関連している。[10]

AGAの発症や進行には遺伝的な要素が大きく関わっている。30年前の日本における男性型脱毛症の統計において、日本人男性の発症頻度は全年齢平均で約 30%と報告されているが、この発症頻度は現在もほぼ同程度である。[11]

適度な有酸素運動の習慣を身に付けることで、DHTのベースラインが大きく上昇する。[12]ただし、マラソンなどの強度の持久力運動(オーバートレーニング)を行った場合、コルチゾールの働きによって、遊離テストステロンのベースラインが下がることが確認されているため[13]、DHTのベースラインも下がると考えられる。コルチゾールとは、ストレスホルモンの一種のことであり、精神的ストレスを受けることでも増加する。ウエイトトレーニングにより遊離テストステロンレベルが下がったという研究も(少なくとも一つ)存在する。[14]

治療

AGA遺伝子検査

AGA遺伝子検査は男性ホルモン受容体であるアンドロゲンレセプター(AR)のDNAの塩基配列を調べることによって行われる。DNAの解析は、主に毛髪、爪、頬の粘膜、血液などの検体から、DNAを抽出して検査される。必要量が取れれば、検体の種類による検査結果の正確性に違いはない。主に一部の医療機関で受けることができるほか、自宅で頬の粘膜等を採取し、検査機関に送ることでも調べることができる。

現在日本で行われているAGA遺伝子検査は、主にAR上の「c,a,g」という三つの塩基と「g,g,c」の三つの塩基が繰り返す数、いわゆる「CAGリピート」と「GGCリピート」数の合計を調べる検査である。GAGリピート数+GGCリピート数の基準値を38とし、それより少ない場合は「AGAリスク大」、多い場合は「AGAリスク小」と判定されている。

1998年に報告された、48名の男性と60名の女性を対象にした比較的小規模な試験で、AGA患者でCAGリピート数が少なかったとの報告があったため[15]、日本ではAGAの遺伝子検査と称して、主にCAGリピート数が調べられるようになった。しかし、その後、過去に行われた8つの研究をメタ解析し、2074名のAGA患者と1115名のコントロールを比較した結果、CAGリピート数、GGCリピート数とも、AGAリスクに関しての相関は認められなかった。[16]

2021年7月12日、あすか製薬株式会社は「毛髪ホルモン量測定キット」の一般販売を開始した。毛髪ホルモン量測定キットはAGAリスクを測定できる検査キットであり、5本の髪の毛を採取して返送用封筒にて検査機関へ送付することで、毛髪中のDHT量を測定でき、将来的にAGAによる薄毛を発症する可能性が把握できる(3cm以上の毛髪を5本以上。長さが足りない場合は10本以上採取する)[17]

出典