車体傾斜式車両(しゃたいけいしゃしきしゃりょう、英語: tilting train)とは、曲線通過時に車体を傾斜させることで、通過速度の向上と乗り心地の改善を図った鉄道車両である[1]。車体傾斜車両とも呼ばれる。
車体傾斜の方法としては、自然振り子式、制御付き自然振り子式、強制車体傾斜式、空気ばね制御による車体傾斜式など、複数のシステムが存在している[2]。
曲線部分の軌道は、通過時に車両にかかる遠心力を打ち消すため、傾斜(カント)が設けられている[3]。それでも速度が高すぎると乗客はカントで打ち消されなかった超過遠心力を感じるために乗り心地を悪化させたり[注 1]、さらには車両の転覆につながったりする。そこで、曲線通過時に車両にかかる超過遠心力の限度[注 2]を設け、さらに曲率半径とカント量に応じて制限速度が設けられている。
列車の最高速度が低かった時代はあまり問題とされなかった曲線区間の制限速度であるが、最高速度が向上するとスピードアップのための障害となった。平坦な場所を走行する幹線では元々曲率半径は大きめに取られているが、山岳路線やローカル線では敷設条件から半径の小さい曲線が小刻みに連続する。根本的な解決には、長大なトンネルを掘ったり橋梁を架けたりして迂回していた区間を直線化するなど大規模な土木工事により軌道の線形を改良することになるが、これは莫大な工事費と時間を要する。
そこで、既設軌道の改良による設備投資を抑制しつつ列車の高速化を廉価に実現するため、より高速で曲線を走行しようとする場合、増加する遠心力への対策が必要になる。転覆の危険については、カントの傾斜角を増やすことにより遠心力を車両の垂直方向に振り向け、水平方向にかかる加速度を減らすことで低減できる。同時に車両の内装や屋根上を軽くするなどして車重を減らし、重心を下げることでも転倒の危険は低減される。しかし、列車が曲線で停止した時に車体が傾きすぎないようカント量には限度が設けられている。特に曲率半径が小さい場合、カント不足となりやすい。
従って、車両(十分に重心が低い車両)によっては「転覆の危険なく通過できる」が「乗り心地の問題」によって曲線通過速度が制限されると言う事態が想定されうる。この時適当な方法で乗客にかかる横方向の加速度を減じることができれば、その分曲線通過速度を向上できる。その答えの一つが、何らかの機構により、曲線区間のカントの不足分を車体自体を傾斜させることで補う、車体傾斜車両である。
なお、車体傾斜機構は乗り心地を維持したままスピードを上げるための仕組みであり、軌道や車両にかかる荷重を減らすためのものではないため、曲線部での速度超過による脱線を防ぐことはできない[注 3]。そもそも車体にかかる遠心力は、その速度・質量・曲線半径により一意に定まる。遠心力を減ずることは不可能(車体の水平方向、垂直方向成分の振り分けをカントにより変えられるだけである)である。そのため車体傾斜車両を用いて高速化を行う場合は、曲線区間で増す遠心力による側圧増大対策などのために、軌道強化が必要となる[注 4]。軌道強化が実施されていない区間では速度を高められないためカント不足とはならず、車体を傾斜させる必要がなくなり傾斜機構を停止させて運用されることもある[注 5]。すなわち車体傾斜システムだけでは曲線区間の高速化はできず、車両の低重心化と軌道の強化も行うことで初めて高速化が成される。
また、全員着席していること等を前提に乗り心地の悪化を妥協し、車体傾斜機構を備えない、あるいは車体傾斜装置を従来より簡素なものする、という選択もありうる[注 6]。
自然振り子式は、車体傾斜の回転中心を重心より高い位置に設定し、曲線通過時にかかる超過遠心力を利用して受動的に車体傾斜を行わせる。車体と台車枠を繋ぐ形で取付られたリンク機構や、台車枠上に取付けられたコロまたはベアリングにより、転動板で傾斜できるようにした振子ばり[注 7]で車体を支持・傾斜させることを利用して車体傾斜の仮想的な回転中心を設定し、傾斜動作を円滑に行えるように設計する例が多いが、自然振り子式にこれらの機構部品が必須なわけではない。後述するスペインのタルゴ・ペンデュラーのようにこうした機構を一切備えず、空気ばねによる枕ばねを車体の天井付近に置き、車体傾斜の回転中心を天井よりも高い位置に設定することで簡潔に自然振子を実現した例も存在する[4]。また、日本で最初に車体傾斜式車両を試験した小田急電鉄の車両も、左右の高い位置の空気ばねを連通して遠心力で受動的に内傾するものだった[注 8]。自然振り子式は比較的シンプルな機構ながら大きな効果が得られ、日本国有鉄道(国鉄)では、1973年に国鉄381系電車で営業運転を開始した[5]。しかし曲線(特に緩和曲線)を通過する際に、「振り遅れ」や「揺り戻し」と呼ばれる振動が発生して乗り心地を悪化させるため、乗客に不快感を与えたり乗り物酔いを引き起こす原因となることがある。これは傾斜装置の摩擦等の要因により、一定以上の遠心力がかからないと車体が動かず、あるいは遠心力が一定以下にならないと戻らないために生じるものである[6]。また振子の動作により車体の重心が曲線の外側に移動するため、車体の重心を下げることで高速走行に悪影響が出ないように設計されている。
381系台車の振り子機構では、台車枠に中心ピンと側受を有し、台車枠に対して舵取り可能な回転ばりが乗り、回転ばりの上には左右にコロが取り付けられ、その上に振り子動きをする枕ばりが乗る。車体は空気ばねを介して枕ばりに乗り、前後力を伝達するボルスタアンカが回転ばりと車体を結合する。振り子動きに伴いボルスタアンカが傾き有効長が変わるが、その変位は空気ばねが前後方向に変形して吸収する。コロには上記前後力で上に乗るコロ受けとの間で滑らないようにツバが設けてある。コロはニードル軸受けで支えられているが、上記のボルスタアンカ有効長変化による空気ばねのこじりなどにより振子抵抗が大きく、乗り心地の阻害要因となっていた。
日本の振り子式車両では最大傾斜角は5 - 6度となっている[7]。
上述の自然振り子式の問題は、曲線の外側に向けて傾斜装置の摩擦を打ち消す程度の力を加えておけば解消される。制御付き自然振り子式は、自然振り子式の機構に空気圧などによる能動的な傾斜制御を追加したものであり、強制車体傾斜方式と同様に、曲線を検知して車体の傾斜角度を制御する装置が必要となる。従って、制御を切れば自然振り子式としての動作も可能であるが、その場合は自然振り子式の問題もそのまま発生する。国鉄では自然振り子式での「振り遅れ」「揺り戻し」などの問題の解決を目指し、1981年から1982年にかけてTR906・TR907・TR908と3種の台車が設計され、アクティブ車体振動制御装置や横圧低減対策などと共に、自然振子式を改良した制御付き自然振り子式が開発・搭載された。さらに、これらの開発で得られたデータを元に、1985年にはDT51X・TR236Xと本格量産を念頭に置いた改良型台車が設計されたものの国鉄時代には量産には至らなかった。
TR908台車の振り子機構では従来あった回転ばりは無く、台車枠の上にコロ、カムフォロワを介して振り子ばりが直接乗る、台車のかじ取りは振り子ばりと車体の間で行う。ころにはつばのない円筒形コロを使用し、前後力による動きを抑える為、前後にカムフォロワを配置する。高速走行時の蛇行動抑制の為に振り子ばりと車体の間にヨーダンパを左右に設けるが、その減衰力は舵取り性能を落とさないよう最小限に留められている。[8]
TR908台車は中央西線で行われた走行試験において優れた性能を発揮したが、コロ装置の防塵が充分でないなどの問題点もあり、コロ装置の構造を改良したTR908A台車が設計製作され、湖西線などで行われた現車走行試験を経てその後の振り子台車に広く採用された。[9]TR908A以降のコロ式振り子台車に採用されたコロ装置の利点は、潤滑の必要なニードル軸受けは全てシールされた軸受箱内に収められており、保守が容易な事、また、振り子ばりと台車枠はコロ受け―コロ―ニードル軸受け―台車枠と摩擦で結合されており、車体―ヨーダンパ―台車枠間の剛性が高く、高速走行安定性に優れる点が挙げられる。欠点としては直線走行時コロ受けとコロが同じ場所で接触するため、コロ受けに段付き摩耗が発生することがあり、対策として耐フレッティング性に優れたグリースの採用により抑制される。また振り子式気動車においては、機関と台車を繋ぐ推進軸の伸縮機構によって発生する伸縮抵抗が車体傾斜に影響を与えることを無視できないとの理由で実用化には至らなかった経緯があったが、国鉄分割民営化後の1988年5月に鉄道総合技術研究所がキハ58系のDT22形台車を改造した振り子式台車の試験を行って遜色ない性能を確認できたため[10]1989年設計の四国旅客鉄道(JR四国)2000系気動車で初めて実用化の機会を得た[11]。同系の成功により、以後この方式は全てのJRグループ旅客会社が採用している。
実用化された制御付き自然振り子式では、車体の傾斜制御は以下のようにフィードフォワード的に制御される[12]。まず、予め線路上の曲線部ごとのカント等のすべての地上データの情報をあらかじめ指令制御装置と呼ばれる車上装置へ組み込まれたマイコンに記録しておき、そこで記録された曲線情報は、速度発電機と地上にあるATS地上子を使用して得られる絶対位置情報と速度発電機の検出で得られる速度情報を基に、緩和曲線区間での適切な車体傾斜角度を計算する。そこで得られた傾斜角情報に従い、指令制御装置が各車に搭載されている振り子指令装置へ車体傾斜のタイミングの指令が伝送され、曲線進入前の緩和曲線区間において空気シリンダーを用いたアクチュエーターにより、あらかじめ能動的に車体を徐々に傾斜させていく。曲線区間通過後の緩和曲線区間においても、同様の手法で車体傾斜を能動的に復元させる。このような制御により、緩和曲線区間で発生する過渡的な振動を抑制するというものである。曲線区間への進入・脱出時にアクチュエーターによって半ば強制的に車体の傾きが制御されるが、補助的な傾斜制御であるため、万が一、この制御装置が正しく作動しない場合でも本来の超過遠心力によって車体は傾き安全性が確保される[13]。
ただ、走行位置を補正するATS地上子と曲線入口までの距離が若干あり、その間の空転・滑走による誤差で車体傾斜のタイミングがずれること、そしてその場合、以後の地上子による位置補正が正確に働かなくなるおそれがあった上に、地上設備である地上子は、工事などで設置位置が変わる可能性があり、その場合車上のデータベースを更新しなければ、正確な補正ができなくなってしまうことが課題である[14][15]。
日本での制御付き自然振り子式の車体傾斜機構にはコロ式とベアリングガイド式がある[13]。最初に実用化された自然振り子式の381系ではコロ式を採用していたが、車体を傾斜させる中心である振子中心を必要に応じて低くできない・装置の小型化が困難・コロを覆う防塵装置が複雑などの欠点があったため、ベアリングガイド式の開発が進められた[16]。開発されたベアリングガイド式は、振り子時の摺動抵抗の低減、振り子装置の小型化、防塵装置の簡素化などを達成し、JR四国8000系電車やJR北海道281系気動車の試作車から採用された[16]。
その後、JRグループ旅客会社6社全てのみならず、第三セクターの土佐くろしお鉄道や智頭急行でも制御付き自然振り子式の車両を導入するなど自然振り子式車両は1990年代に一気に増加したものの、2000年代に入ると、自然振り子式より構造が簡易ながら自然振り子式と同程度の効果が得られる「空気ばね車体傾斜方式」(後述)の車両が主流となった。自然振り子式車両は2001年に登場したキハ187系気動車のほか、883系電車の中間増備車モハ883-1000とサハ883-1000、キハ285系気動車(開発中止)を最後に、自然振り子式による新製車両は暫く途絶えた。
JRグループ各社が新幹線車両も含め「空気ばね車体傾斜方式」の車両を投入していく中で、JR四国も2017年に老朽化の進む2000系初期型の後継車両として「空気ばね車体傾斜方式」を採用した2600系気動車を試作したものの、走行試験の結果、曲線区間が特に多い土讃線では空気ばねの制御に多くの空気を消費するため空気容量の確保に課題があるとして量産は見送られ、新たに2600系気動車をベースにした「制御付き自然振り子式」の2700系気動車の量産に方針を転換し[17]、2019年に試作車・量産車ともに登場、同年8月より営業運転を開始した[18]。この2700系気動車が、「制御付き自然振り子式」車両の新形式としては、キハ187系気動車以来18年ぶりとなった。また、今後はJR西日本とJR東海がともに老朽化した自社保有の旧式車両の置き換え用として「制御付き自然振り子式」を採用した新形式車両の導入を発表しており(JR西日本は273系を、JR東海は385系をそれぞれ予定)[19][20]、「空気ばね車体傾斜方式」車両の投入が難しい線区では従来通り「制御付き自然振り子式」車両を導入していくことになっている。
上記の制御付き自然振り子式の課題を解決するため、JR西日本が鉄道総合技術研究所・川崎車両と共同で開発した。車両に搭載されたジャイロセンサーが、走行中に速度情報と、現在走行している区間のカーブの情報を取得し、これをデータベースの情報と突き合わせることで、地上設備によらない位置取得・補正を可能とする方式である。273系に初めて採用された[15]。
強制車体傾斜式は曲線通過時にリンクなどで構成された車体傾斜機構を油圧などによって能動的に傾斜させるものである。強制振り子式と呼ばれることもある[21]。曲線通過時に車体に懸かる超過遠心力を車体傾斜に利用するものではないため、必ずしも車体傾斜の回転中心は重心より高くする必要はないが、実用化された強制車体傾斜式車両の多くは、超過遠心力が車体の傾斜に悪影響を与えないよう回転中心を重心と同じか重心より高い位置としている。多くの強制車体傾斜式で作用されているリンク式の車体傾斜機構自体はコロ式やベアリングガイド式の車体傾斜機構と比べ簡便な構造だが、車体傾斜機構を曲線通過時に正しく動作させるためには何らかの方法で曲線進入を検知し、車体傾斜を制御する装置も必要であり、そうした装置の必要がない自然振り子式と比較して制御装置は複雑になる。
強制車体傾斜式は、主に欧米で普及している[21]。初期の強制車体傾斜式では曲線進入を各車に搭載したジャイロスコープや加速度センサーなどで検知し、車体を傾斜させる車両単位のフィードバック制御が多かった。この方法ではいずれの車両も曲線進入後に車体を傾斜させることになるため、必ず振り遅れが発生するという問題があった。またセンサー類の誤作動によって曲線進入を正しく検知できない場合も多く、実用化の障害となっていた。その後電子工学の発達によって最適な傾斜角度の計算や編成単位で車体の傾斜を制御することが可能になり、曲線進入検知の正確性も向上した。振り遅れについては曲線進入を先頭車に搭載したセンサー類で検知し、先頭車からの指令で後続の車両も順次車体を傾けることで先頭車以外の振り遅れを防ぐ制御方法も開発され、現在では編成単位でのフィードバック制御が主流となっている。なお、一部ではフィードフォワード制御も行われており、車上コンピュータに入力した線形データと既に通過した曲線の情報から車輪回転数で現在走行位置を割り出し、次の曲線の位置を予測しセンサー類が曲線を検知する前から車体を傾斜できるものが実用化されている[22][23]。
一般的に最大傾斜角は自然振り子式よりも大きく、イタリアのペンドリーノが8 - 10度、スウェーデンのX2000が6.5度である[7]。
特別な車体傾斜機構を用いず、台車上の左右の空気ばねの伸縮差によって車体を傾斜させるものである。空気ばねストローク式車体傾斜、空気ばね式車体傾斜、簡易振り子式、あるいは簡易車体傾斜など、様々な呼び方がある[注 9]。自然振り子式、強制振り子式の分類では、強制振り子式に属する[21]。
本格的な振り子式車両は、導入に当たって車両自体のイニシャルコストの増加に加え、軌道の強化や架線の張り替え工事などの地上設備の改修が必要となる上、車両重量の増加や、整備、検査などと言ったランニングコストの上昇という点で不利であった。このため、例えば日本の私鉄での採用例は速達化が至上命令とされる、あるいはJRと乗り入れを行う必要からそれらで採用されているのと準同型の車両を導入する必要がある、といった特殊な事情のある第三セクター鉄道にほぼ限られた。しかし、車体傾斜制御技術そのものはそれ以外の鉄道においても乗り心地を維持しながらの列車の高速化に有用な技術であり、そこで特殊な機構のため保守も含めて高価となる振り子式の代替技術として、曲線部での走行時に左右の空気ばねの内圧を制御して適切な角度まで車体を内傾させる、車体傾斜制御装置とよばれるものを装備した強制車体傾斜方式が開発された[24]。
空気ばねによる車体傾斜システムは1960年代から構想されていた(小田急電鉄の鉄道車両#車体傾斜制御も参照)が、実現化に先鞭をつけたのは西ドイツ(当時)であった。西ドイツ国鉄が1973年に12両を試作した403型と呼ばれる動力分散方式の高速車両においては、ボルスタレス台車に最大傾斜角2度の車体傾斜機構が搭載された。この車体傾斜システムは試験のみに終わり、403型も量産されることはなかったが、本方式の基本的な機構はほぼ確立されており、低コストで車体傾斜車両を実現する手段として注目を集めた。
台車左右の枕ばねに用いられる空気ばねの伸縮差に依存することと、車体傾斜の回転中心が枕ばねと同じ高さであり車体傾斜時に車両限界を支障しやすいため、日本での営業車両による最大傾斜角は2度程度に抑えられており、試験車両では、在来線で傾斜角5.5度(1970年の小田急のフィードバック制御の試験車両)、新幹線では3度 (300X) を実現している[25][26][注 10]。傾斜角は他の方式に比べると小さい。しかし特別な車体傾斜機構を必要とせず、既存の空気ばね台車を若干設計変更してフィードバック制御[注 11]またはフィードフォワード制御[注 12]による制御装置を追加するだけで済むため[注 13]、低コストである上に傾斜角度2度の場合でも基本速度+25 km/h程度(JR北海道キハ261系気動車、R600 m以上)で曲線通過速度向上が実現できる。日本での営業車両としては、コストパフォーマンスを重視する私鉄や各JR旅客会社の在来線用新型特急車両などに採用されているほか、新幹線のN700系、N700S系とE5系・H5系、E6系にも採用されている。床面の左右(枕木)方向の移動はなく、垂直方向に発生する荷重変化も少ないため、乗り心地に違和感が無い。
課題点として、曲線での左右の向き・曲線半径・カントの大きさと実際の通過速度などを基に曲線での出入り部分での車体の傾け方と戻し方が重要になり、空気ばねの高さの精度を良くする必要があるため、空気ばね内の空気の給排気の精度を良く調整する必要があること。空気ばねは圧縮空気を供給してから高さが変わるまで時間遅れがあるため、吸排気のチューニングが重要であること。空気ばね内部の空気を短時間で膨縮することから圧縮空気の消費が多くなり、特に山間部のカーブが多い区間を走行する場合は、圧縮空気を大量に供給する必要が発生する(車体の傾斜制御に当たり、左右一対の空気ばね相互での急激な空気移動のみに頼ることは不可能で、大部分は空気タンクからの瞬時供給でまかなう必要がある)。従って、一般型の車両に比して大容量のコンプレッサーおよび空気タンクを搭載せねばならず、またコンプレッサーの稼働率も高くならざるを得ない。また枕ばねも含め車体傾斜機構より傾斜させている振り子式では枕ばねレベルでの超過遠心力による車体の左右変位は生じにくいが、空気ばね式では枕ばねである空気ばね自体を車体傾斜機構として使用しているので超過遠心力による車体の左右変位が起きやすく、その際に車体中心ピンが左右動ストッパに接触する左右動ストッパ当たりによって乗り心地が悪くなりやすい。
特に圧縮空気の問題は、常時架線電力からコンプレッサー用電源を得られる上に必要に応じ付随車連結も可能な電車であればある程度カバーし得るが、気動車の場合は全車両にエンジン(車体傾斜式車両では1両につき2台)や燃料タンクを搭載しなければならず補機艤装スペースが電車以上に限られるうえ、同時に走行用エンジン出力の一部を圧縮空気確保のためコンプレッサーの駆動に割り振らねばならず、電車のように付随車を連結すると更にパワーダウンとなってしまうため、空気タンクを多数設置できないことが大きなネックとなる。既に「制御付き自然振り子式」の節で述べた通り、四国旅客鉄道(JR四国)では空気ばね車体傾斜方式を採用した2600系気動車の量産化を断念[注 14]し、代わりに旧来からの制御付き自然振子式を採用した2700系気動車を量産し、2000系気動車のうち老朽化した初期型を置き換えた[27](N2000系と呼ばれる改良型は残置)。
このほか、コロ式あるいはベアリングガイド式の振り子式では車体傾斜機構にストッパーを設けて最大傾斜角を超えないようにしているが、空気ばね式ではストッパーではなく、一定高さに達した時点で自動高さ調整弁を作動させ車体を中立に戻す安全装置を設けてストッパーの代わりとしている場合が多い[注 15]。この場合、振動等による空気ばね高さ変位も考慮して安全装置が作動する傾斜角は最大傾斜角に対して0.5度から1.0度の余裕をとり、車両限界やパンタグラフ変位についても安全装置の作動傾斜角まで考慮するようにしている。例としてN700系の場合は最大傾斜角1.0度に対し安全装置は2.0度、キハ261系では最大傾斜角2.0度に対し安全装置は3.0度で作動するようになっており、それぞれ車両限界等は2.0度、3.0度まで考慮した設計としている。
北海道旅客鉄道(JR北海道)が、鉄道総合技術研究所、川崎重工業と共同開発したシステム[28]。
制御付き自然振り子式による6度の車体傾斜に、空気ばねによる車体傾斜2度を組み合わせることで、8度の傾斜を実現し、より高速での左右定常加速度を抑えての曲線通過を実現させつつ、床面の左右移動量も従来の制御付き自然振り子式の6度傾斜を下回る値に抑えることで乗り心地の向上も期待されていた[28]。
2006年(平成18年)3月に開発成功が発表され[28]、同年にキハ282-2007に試作台車を搭載しての試験が行われた[29]。
その後、2014年(平成26年)秋に落成する次世代特急の試作車(→キハ285系)により試験を実施することとなっていたが、JR北海道を取り巻く情勢や都市間輸送施策の変化により、試作車落成直後の2014年(平成26年)9月に開発が中止された[30]。
車体傾斜システムを搭載した車両は、一般的に車体断面積が小さい。これは傾斜時に線路周辺の構造物と干渉しないよう、幅を狭める必要があるためである。他にも下記の通り電車における集電の問題や、気動車における駆動トルク反力の問題やプロペラシャフト継手の伸縮摺動性など、車体傾斜に伴う問題を克服する工夫をしている。
架線から取り込んだ電気によって回転する主電動機から発生した運動エネルギーにより走行する電車方式の振子式車両は、そのままでは車体の傾斜によって架線に接触するパンタグラフの位置が変化する。これを防ぐためには、当該路線を走る電車がすべて振り子式車両であるとの前提で架線の位置を傾斜した車体でのパンタグラフの位置に最適化して架設するか、あるいは振り子式車両側で車体が傾斜してもパンタグラフの位置は変わらないようにする必要がある。車両側でパンタグラフの位置変化を防ぐためには車体の傾きに関わらずレールとの位置関係が変化しない台車枠と、パンタグラフとの位置関係を固定する必要があり、そのための機構が開発された。日本で実用化されている方式には、ワイヤー式と台車直結式がある[31]。ワイヤー式では傾斜する車体の外周部を迂回させたワイヤーで台車枠と可動式のパンタグラフ基部とを結び、台車直結式では傾斜する車体内部を貫通された支持枠が台車枠とパンタグラフ基部とを結ぶことで、それぞれ車体の傾斜に関係なく軌道面に対するパンタグラフの位置が固定されるようになっている。海外では台車直結式が多いが、スイスのICNなど一部ではパンタグラフを電動で能動傾斜させる方式も実用化されている[32]。
また、ディーゼルエンジンの出力を変速の上で駆動に用いるディーゼル方式の振り子式車両でも、単純にディーゼルエンジンを持つ車両に振り子による車体の傾斜機構を加えただけでは、車体の長軸方向に走る推進軸の回転トルクによって車体の傾きが偏るという問題が生じる。これを避けるために、ディーゼルエンジンを2基備えて、推進軸の回転方向が互いに逆向きになるようにして、その相互の反作用によって偏向を打ち消すといったことが行われる[33][34]。また、通常の気動車に比べ遙かに大きな変位を吸収しなくてはならなくなる伝達系ジョイントは極めて大きな問題となる。
ヨーロッパでは1940年代から開発が行われ、イタリアのフィアット社(鉄道部門はアルストム社に吸収)やスウェーデンのアセア社(鉄道部門はABB、アドトランツを経て現在はボンバルディア・トランスポーテーション社に吸収)が油圧シリンダーによる強制車体傾斜式を開発し、欧州各国に普及した。
車体傾斜が動作すると天井付近を回転軸にして床が動く日本の自然振り子とは異なり、床付近を軸に車体上部が振れるため、座っていると頭を持っていかれるような感覚がある。また車体を正面から見ると裾がすぼまっている(極端に言うと上辺が長い台形に見える)のが特徴的。
山岳国ゆえ線形の悪い線区が多く、古くから車体傾斜式車両の開発に熱心だった国である[35]。1957年と1967年には車体傾斜式車両の試作車2種類が製作され、さらに1971年には、後のペンドリーノの原型となる試作車Y-0160がフィアット社により完成された[36]。1975年には、初めて営業投入されるETR401が完成した[37]。
フィアットの元からの技術に加え、英国鉄道 (BR) が1970年代に開発したAPTの技術も購入して発展した。ペンドリーノの項目も参照。高速新線(ディレッティシマ)の走行も考慮されているが、高速新線でない在来線でも、安価に高速化を実現できるため、イタリア以外にも多くの国(高速新線を建設するほどの需要や経済的余裕がない国)に輸出されている。現在はかつてAPTが試験走行した英国の西海岸線にも導入されている。
スペインは当初イタリアに倣った車体傾斜式車両を開発していたが、1980年にタルゴ社が自然振り子式のタルゴ客車を開発して以降は長らく自然振り子式が主流となっていた。現在では強制車体傾斜式も増えている。
スウェーデン国内の鉄道は曲線が多いため、1970年代からスウェーデン国鉄とアセア社によって車体傾斜車両が開発されており[38]、国外へも輸出されている。実用化はペンドリーノより遅れ1989年となっている。
ドイツは日本同様、車体傾斜式気動車を大量に採用しているが、当初はトラブル続きだった。
東海岸のクイーンズランド鉄道 (QR) が1998年からノース・コースト線で、日本の技術を基にした振り子式車両を運行している。
山岳国で曲線がスピードアップのネックになりやすかったためSIG社の"NEIKO"など古くから車体傾斜車両を開発はしていたが、イタリアやスペインに比べて投入が遅れており、直通運転するチザルピーノなどを除けば、営業運転開始は2000年代に入ってからのことである。
フランスは国土が比較的平坦であることと、高速化を高速新線 (TGV) の建設で対応してきたことから試作にとどまっている。
日本での車体傾斜は、前述のとおり1961年の小田急電鉄と住友金属工業との共同研究による、空気ばね式自然振り子システムのFS30X型試験用連接台車の開発にはじまる[41]。
その後1960年代、小田急電鉄と三菱電機が共同で台車左右の空気ばねの圧力差を利用した上記の空気ばねストローク式に相当する車体傾斜装置の実用化試験を行うが、当時は制御技術そのものが未熟で期待した性能が得られず、実用化は見送られた。これと同等のシステムは、小田急での実験から四半世紀以上が経過した1996年に製作されたJR北海道キハ201系気動車でようやく実用化された。
当時の国鉄も1968年に狩勝実験線においてTリンク式自然振り子システムのTR96形台車を装着したトキ15000形貨車により試験を行うが、リンク部の摩擦抵抗による動作遅れや動作不良が確認された[41]。その後は1969年に、リンク式より確実に動作するコロ軸支持式の自然振り子式を採用した591系試験電車が試作され、そこで得られたデータを基に特急形車両の381系電車が量産され、中央西線・紀勢本線・伯備線の順でそれぞれの電化とともに投入された。
民営化後はJR四国が鉄道総合技術研究所とともに世界初の制御付き自然振り子式気動車を実用化し、普及に弾みをつけた。その一方で2000年代に入ると加減速性能の向上やコストパフォーマンス面などの点からE257系・287系のように非振子式車両への投入と回帰が行われているケースもある。
速度向上は、国鉄・JRの在来線で半径600mの曲線を基準とした場合、本則[注 17]が90km/h、車体傾斜無しの車両では特に高性能な車両において最高110km/hとなっているが[注 18]、初期の自然振り子式車両である381系で最高110 km/h[注 19]、制御付き自然振り子式で最高125 km/h[注 20]、空気ばね車体傾斜式で120 km/h[注 21]となっている。速度向上率は曲率半径によって異なるほか、カント量や緩和曲線長や走行する線路の規格などの条件によっても変わる。また車両の設計上では上記より速い速度となっているものも幾つか存在する。