有害図書

有害図書(ゆうがいとしょ)とは、暴力自殺犯罪などに関して、露骨な、もしくは興味本位の取り上げ方をし、青少年の人格形成に有害である可能性があるとして政府や地方自治体などによって指定される出版物。一般的な出版物だけでなくゲームソフトなども対象となる場合がある。

猪苗代町内に設置された白ポスト所帯持ちの成年が有害図書を自宅に持ち帰らないよう読み捨て出来るようにしたもの
モザイク処理の例

日本

概要

日本では青少年保護育成条例に基づいて、都道府県知事(県として有害図書指定制度がない長野県では一部の市町村長)が「成人向けマークの付いていない書籍」を対象として個別指定する[1][注 1]。指定を受けたら、書店では包装(多くはビニールシュリンクパック)した上で成人専用コーナーに陳列し、青少年(18歳未満の者)に対しては売ってはならないことになっている(都道府県により陳列方法などの詳細は異なる)。

わいせつ物頒布罪刑法175条)により全面的に頒布が禁止される「わいせつ物」とは違い、18歳以上の者への販売は禁止されない。また、条例に基づき自治体が指定するという点で、出版社の自主規制により成人向けマークが付けられる通常の「成人向け漫画」などとも異なる。

日本全国では年間、延べ数百冊の書籍が有害図書に指定されているが、年に数十冊ほど指定する自治体がある一方で、個別指定を事実上行わない自治体も多く、地域によってかなり運用に差がある[4]。なお、東京都の条例では「不健全図書」という名称を用いている。有害図書は自治体の条例によって指定されるので、その法的効力は原則的に各自治体の領域内にしか及ばないが、東京都による不健全指定は、出版倫理協議会Amazon.co.jpにおける自主規制の基準となっているため、全国的な影響力を持っている(後述)。

東京都青少年の健全な育成に関する条例での指定対象を例示すると、「図書類又は映画等で、その内容が、青少年に対し、著しく性的感情を刺激し、甚だしく残虐性を助長し、又は著しく自殺若しくは犯罪を誘発するものとして、東京都規則で定める基準に該当し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの」(第8条1項1号)となっている。2011年7月1日以降は、漫画アニメ [注 2]などで「強姦等の著しく社会規範に反する性交又は性交類似行為を、著しく不当に賛美し又は誇張するように描写し、又は表現する」ものも不健全図書指定の対象となる(第8条1項2号)。

2010年代後半以降は不健全指定図書の大半がボーイズラブ作品となっており[5]参議院議員山田太郎は、こうした青少年健全育成を理由としたBLの規制に危惧を表明している[6]。具体的には、2017年を機に男性向け漫画と女性向けBL漫画の不健全指定の比率が逆転してBLの方が多くなっているが、これは男性向けの過激な作品が初めから成人向けマークを付けて販売される一方で、BLは女性向けという性質上、概ね男性向けのみが占める18禁コーナーには置きづらいことが一因とされる[7]。漫画家の森川ジョージによれば、東京都の不健全図書指定により100人以上のBL漫画作家が収入を断たれたとされる[8]

実写系書籍、雑誌もかつては不健全指定されていたものの、2023年7月時点で最後に不健全指定された実写系雑誌は高齢者向けのセックスハウツー本であった『わたしの健康DX2』(主婦の友社、2015年指定)である[7]

2022年12月には元都議会議員の栗下善行が、「不健全図書」という名称は成人にとっても有害であるかのような誤解を招くとして変更を求める陳情を都議会に提出し、漫画家のちばてつや森川ジョージ諌山創らの賛同も得た[9][10]。陳情自体は不採択に終わったものの、陳情審査においては「改称について検討すべき」との前向きな意見も出された[9]

漫画評論家の永山薫は、東京都の不健全指定が2023年1月から5月までの間にBL漫画1冊しかされていない現状から、「そもそも今の青少年が紙の本を読んで非行に至るとは考えられず、条例の大義名分が形骸化する中で、東京都も慎重にならざるをえないのではないか」と解説している[11]

有害図書の指定に当たっては、出版物本体にあたる印刷物だけでなく付録として添付されるCD-ROMなどの中身も審査の対象となるため、一時は本誌には性的な内容が全く含まれないパソコン雑誌が「付録CD-ROMの中に性的な画像が記録されている」という理由で有害図書指定される例も相次いだ。このため出版社によっては、成人向け雑誌部門を別会社として切り離したり、有害図書指定取り消しを求める訴訟に発展するケースも見られた(後述)。

一部の都道府県ではコンピュータゲームソフトも有害図書制度の対象とされており、神奈川県では『グランド・セフト・オートIII』が有害図書に指定されている(その後、大阪府などいくつかの都府県でも指定された)。

流通業界の対応

有害図書に指定された書籍(『完全自殺マニュアル』(鶴見済)など)は、一部の書店で陳列販売されていない。小さな書店では、区分陳列のスペース確保と年齢認証の煩雑さなどから取り扱わず、顧客の注文で出版取次から取り寄せるケースとなる。

Amazon.co.jpでは成人向けマーク付きの商品は販売しているが、東京都によって不健全指定された書籍の取り扱いは規約で禁止しており[12]、該当する書籍はAmazonのウェブページから削除される[13]。また、鳥取県の条例では県外の事業者も規制対象としており、鳥取県で有害指定された書籍がAmazon.co.jpで販売停止となった事例がある[14]

その一方、不健全指定や有害指定自体は販売を全面禁止するものではなく、あくまでも青少年への販売を規制するものに過ぎないため、Amazon以外のECサイトでは「成人向け商品」として販売が継続されているケースが多い。なお、東京都により不健全指定された書籍のタイトルは東京都のウェブサイト上の不健全指定図書類一覧で確認できる。

出版業界の主要4団体が1963年昭和38年)に設立した出版倫理協議会では、1965年(昭和40年)に自主規制ルールとして「東京都の不健全図書(有害図書)として連続3回、もしくは1年間に5回以上指定された雑誌は、特別な注文等がない限り取次業者では扱わない」というルールを定めており[15]、そのためこのルールに該当した出版物は事実上書店での販売が困難となる。その場合出版社は成人向けに限定した形でアダルトグッズショップや直接販売などの通販・チャンネルで販売を継続するか、もしくは廃刊・絶版するかの選択を余儀なくされることがある。

また、大手コンビニチェーンや書店の中には「前記の取次停止ルールに該当する出版物を発行している出版社の出版物は、有害図書指定されていない他の出版物も含めて一切取り扱わない」という方針を示しているところもあり、そのためコンビニ販売が主力となる雑誌類を抱えている出版社の中には、万が一の事態に備えて成人向け雑誌・書籍部門を別会社として本体から切り離す動きも見られる(例:毎日コミュニケーションズMCプレス)。

フリーマーケットサイトのメルカリでは、有害図書・不健全図書を含め、成人向け作品全般の出品を禁止しているが[16]、有害図書・不健全図書には成人向けマークが付いていないため、出品者が事前に気づくことが難しいという問題がある。

最高裁における合憲判断

青少年保護育成条例における有害図書指定制度は、青少年の健全な育成を目的に、性や暴力に関して露骨な描写を含んだ書籍などを「有害図書」などに指定することで、青少年への販売を禁止するものである。これは明らかに青少年の「知る権利」を制限するものであるから、日本国憲法第21条との関係でその合憲性が問われることになる。

これが実際に問題となったのが「岐阜県青少年保護育成条例事件」(最高裁判所平成1年9月19日第三小法判決 刑集43巻8号785頁)である。最高裁は、悪書が「青少年の健全な育成に有害であることは、既に社会共通の認識になっていると言ってよい」とし、またその目的達成のためにはやむを得ない規制であるとの理由からこの条例は合憲であるとした[17]

これには「有害図書」と青少年の非行が安易に結びつけられているとの批判がある[18]伊藤正己裁判官による補足意見もその点を指摘している(有害図書の規制が合憲であるためには、「青少年非行などの害悪を生ずる相当の蓋然性」があることが必要とコメントしている。ただし、結論としては本条例の合憲性を認めている)[17]

有害図書規制の進展

以下では、有害図書法制に関する歴史と、特筆すべき有害図書指定の事例について取り上げる。ここに挙げられている有害図書の例は全体のごく一部であり、この他にも各都道府県(長野県の場合は一部の市町村)によって多数の書籍が有害図書に指定されている[4]。なお、指定対象となった書籍のタイトルなどは、各地方自治体の青少年担当課のウェブサイトなどで確認できる[注 3]

さらに図書選定制度や青少年保護育成法案を提唱、実質的な検閲を要求するまでにいたる。出版社側は連名でこれに反発する。この悪書追放運動は、その後も止むことなく、1950年代の後半まで続いた。
1955年昭和30年)の悪書追放運動の直接的な所産としては、北海道(1955年)、福岡県(1956年)、大阪府(1956年)に青少年保護育成条例が制定され[20]、有害図書が規制された。

宝島社訴訟

2000年平成12年)には、宝島社のパソコン雑誌『DOS/V USER』『遊ぶインターネット』の2誌が、付録CD-ROMの中にアダルト映像を含んでいるという理由で、東京都から3回連続で不健全図書指定を受けた。これに対し宝島社は同年11月、「不健全図書制度は日本国憲法の定める表現の自由を侵害している」という理由で不健全図書指定の取り消しを求める行政訴訟東京地方裁判所に起こした。

2003年(平成15年)9月、東京地裁は「青少年保護のためには知る権利に一定の制約も必要」として同社の請求を棄却する判決を言い渡した。これを不服とした宝島社は東京高等裁判所に控訴したが、翌2004年(平成16年)6月、東京高裁は控訴を棄却。宝島社はこれに対して上告を行わず、不健全図書指定の取り消しはならなかった。

また、宝島社は不健全図書指定に対抗する目的で一時休刊に追い込まれていた前記の2誌を2001年(平成13年)4月より直販の形で復刊させたものの、採算ラインを大きく割り込み続ける結果となり翌年には再び休刊を余儀なくされた。

日本以外での有害図書

アメリカ合衆国
アメリカにおいては1996年に児童に悪影響を与えるとして、インターネット上でのポルノ画像の配布を禁止する「通信品位法」成立申請書を合衆国最高裁判所に提出したがレノ対アメリカ自由人権協会事件で、アメリカ合衆国憲法違反により無効になっている[31]
カナダ
カナダでは、ラディカル・フェミニズムポルノ敵視の思想の影響で、性行為が一切描かれていない本でも人を性的に侮辱する表現があるように思われる書籍(児童への性的虐待の問題提起をする本を含む)が禁止されている。同じラディカル・フェミニズムポルノ敵視の思想は、ドイツフィリピンイギリスニュージーランドスウェーデンに影響を与えている[32]
ドイツ
ドイツでは、青少年保護法により「戦争を賛美するもの」なども有害図書とされ青少年に対する提供、販売、広告が禁止されている。また、ナチスに関係する物事・人物などを描くものは内容に関わらず検閲対象となる。
ニュージーランド
ニュージーランドでは、政府映像審査機関によりアメリカのPCゲームポスタル」がマイノリティに対する差別的な表現やジェノサイドの表現が含まれている為、発売禁止処分となった。また、日本のアニメ作品(OVA)『ぷにぷにぽえみぃ』が過激な性的描写を含むポルノ作品だと判断され、発売禁止処分となった[33]
中華人民共和国(中国)
中華人民共和国(中国)では、School Days(UHFアニメ)や進撃の巨人(同上)、コープスパーティーTS(OVA、ODSアニメ)などの日本のアニメ38作品が、残虐性がある表現を理由に有害指定された。[34]
韓国

脚注・出典

注釈

出典

参考文献

関連項目

外部リンク