関広国

関勇助から転送)

関 広国(せき ひろくに)は、幕末薩摩藩の武士。一般には通称関 勇助(せき ゆうすけ)で知られる。薩摩藩主・島津斉彬の側近。

 
関 広国
時代江戸時代末期 - 幕末
生誕不詳
死没不詳
別名雅号:南塘
幕府江戸幕府
主君島津斉彬
薩摩藩 徳之島蔵方目付
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略歴

お由羅騒動に連座して謹慎となるが、その後島津斉彬に重用され、常平法や外城屯田兵制の城下士への適用、郷校の設立などは広国の調査によるものが多く、斉彬がフランス騎兵隊を創設した際はその隊長となったという。西郷隆盛大久保利通は広国に学んだことがあるという。

島津斉彬死去以降の消息は不明。

鹿児島城下の高麗町で誕生すると伝えられる。ただし、天保13年及び安政6年の地図において、高麗町を初め、鹿児島城下に「関勇助」の名は見えない。

略年譜

  • 天保14年(1843年)4月17日:徳之島蔵方目付として、徳之島代官春山休兵衛や付役野村九兵衛、藺牟田利兵衛、横目の面高真七郎とともに徳之島の亀津に着く。
  • 弘化元年(1844年):鹿児島に戻る。
  • 弘化4年(1847年)3月29日:再度の徳之島蔵方目付就任により、徳之島代官の宮内藤助や付役の伊集院五右衛門、樺山弥兵衛、横目の小倉与右衛門とともに徳之島に着く。亀津着は4月1日。
  • 嘉永2年(1849年):春に後任の代官などが来島。なお、蔵方目付の後任は深見有安であった。この年に鹿児島に帰る。

参考文献

  • 松下志郎『奄美史料集成』南方新社2006年8月20日
  • 塩満郁夫、友野春久『鹿児島城下絵図散歩』高城書房
  • 日本歴史学会『明治維新人名辞典』吉川弘文館1981年

登場作品

テレビドラマ
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