秋田県立秋田工業高等学校

秋田県秋田市にある高等学校
秋田工業高校から転送)

秋田県立秋田工業高等学校(あきたけんりつあきたこうぎょうこうとうがっこう)は秋田県秋田市保戸野金砂町に所在する公立工業高等学校。略称は「秋工(あきこう[1])」または「工業(こうぎょう)」。

秋田県立秋田工業高等学校
地図北緯39度43分54.5秒 東経140度7分18.4秒 / 北緯39.731806度 東経140.121778度 / 39.731806; 140.121778 東経140度7分18.4秒 / 北緯39.731806度 東経140.121778度 / 39.731806; 140.121778
過去の名称秋田県立秋田工業学校
国公私立の別公立学校
設置者秋田県の旗 秋田県
校訓質実剛健
設立年月日1904年
開校記念日5月2日
共学・別学男女共学
課程全日制課程
単位制・学年制学年制
設置学科機械科
電気エネルギー科
土木科
建築科
工業化学科
学期3学期制
学校コードD105220156404 ウィキデータを編集
高校コード05104H
所在地010-0902
秋田県秋田市保戸野金砂町3-1
外部リンク公式ウェブサイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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沿革

  • 1904年5月2日 - 秋田県立秋田工業学校設置。本科機械科・本科建築科専攻科及び別科を設置し、授業開始。
  • 1912年3月31日 - 建築科を廃して電気科を新設。
  • 1926年3月31日 - 土木建築科を設置。
  • 1936年9月10日 - 第2部機械科を設置。
  • 1938年4月1日 - 本科採鉱科および第2部採鉱科を設置。
  • 1939年4月1日 - 第2本科電気科を設置。
  • 1940年4月30日 - 冶金科および第2本科電気科を増設。
  • 1944年3月29日 - 航空機科を設置。
  • 1945年3月31日 - 専修科(第2本科電気科)を廃止。
  • 1945年4月1日 - 秋田市立工業学校廃止にともない工業化学科移管。
  • 1945年8月31日 - 航空機科を機械科と改称。
  • 1947年4月1日 - 学制改革により併設中学を置く。
  • 1948年4月1日 - 学制改革により秋田県立秋田工業高等学校となる。機械科・電気科・土木科・建築科・採鉱科・冶金科・工業化学科を設置。
  • 1951年6月11日 - 定時制課程を新設し、機械科・電気科を置く(定時制の沿革は、秋田県立秋田工業高等学校定時制課程 も参照)。
  • 1957年4月1日 - 定時制課程に建設科を増設。
  • 1958年4月28日 - 産業科を新設。
  • 1968年3月31日 - 産業科を廃止。
  • 1968年4月1日 - 採鉱科を地質工業科、冶金科を金属工業科と改称。
  • 1973年4月1日 - 地質工業科を地質工学科と改称。
  • 1987年3月31日 - 定時制課程の建設科を廃科。
  • 1990年4月1日 - 金属工業科を材料技術科と改称。
  • 1994年4月1日 - 情報技術科新設。定時制課程電気・機械科くくり募集を導入。
  • 1995年4月1日 - 定時制課程が秋田県立秋田東高等学校通信制課程との集団定通併修導入。
  • 2000年4月1日 - 土木・地質科新設。土木科、地質工学科の募集を停止。
  • 2003年4月1日 - 2学期制開始。
  • 2004年4月1日 - 3つの系(生産制御・建設技術・環境物質)によるくくり募集実施。情報技術科の募集を停止し、土木・地質科を土木科と改称する。
  • 2005年4月1日 - 定時制課程を秋田県立秋田明徳館高等学校に移管。
  • 2006年3月31日 - 情報技術科が廃科。
  • 2007年4月1日 - 2つの系(生産制御・建設環境)によるくくり募集実施。材料技術科の募集を停止。二学期制開始。
  • 2013年1月1日 - 2007年に開始されたくくり募集を25年度募集から廃止。同時に「電気科」の呼称を「電気エネルギー科」に改称。機械科の募集定員を10人減・電気エネルギー、土木、建築、工業科学各科の募集定員を5人減とした。
  • 2014年 - 2015年 - 校舎改築。2014年に音楽棟、武道場が完成、2015年に体育館棟が完成。2016年には実習棟(新A棟)の改修工事が完成する。


歴代校長

歴代の学校長一覧
代数氏名在任期間
初代中村速一1904.4.1 - 1907.12.27
第2代石黒友吉1908.3.12 - 1911.9.8
第3代中田徳太郎1911.10.4 - 1918.2.22
第4代坪井安次郎1918.7.16 - 1919.7.21
第5代清水敏郎1919.7.21 - 1922.12.27
第6代鈴木定一1923.1.17 - 1930.3.25
第7代深川保淑1930.3.31 - 1939.5.31
第8代豊口精一1939.10.4 - 1944.5.15
第9代大井潔1944.6.27 - 1948.12.18
第10代中村久次郎1949.1.25 - 1958.3.31
第11代御木三義1958.4.1 - 1959.11.10
第12代和田恭孝1959.11.11 - 1965.3.31
第13代横谷永太郎1965.4.1 - 1971.3.31
第14代阿部栄治1971.4.1 - 1974.4.1
第15代佐々木徹郎1974.4.1 - 1979.1.16
第16代松下春夫1979.4.1 - 1981.3.31
第17代草彅幸太郎1981.4.1 - 1983.3.31
第18代新堀孝義1983.4.1 - 1986.3.31
第19代松田幸雄1986.4.1 - 1988.3.31
第20代佐藤忠雄1988.4.1 - 1990.3.31
第21代米田愛治1990.4.1 - 1994.3.31
第22代林護一1994.4.1 - 1997.3.31
第23代長澤忠雄1997.4.1 - 1999.3.31
第24代近稔1999.4.1 - 2002.3.31
第25代山方政2002.4.1 - 2005.3.31
第26代芳賀誠2005.4.1 - 2007.3.31
第27代熊谷隆益2007.4.1 - 2009.3.31
第28代船木賢咲2009.4.1 - 2011.3.31
第29代新田宏光2011.4.1 - 2013.3.31
第30代西聡2013.4.1 - 2017.3.31
第31代有坂俊吉2017.4.1 - 2019.3.31
第32代黒澤光弘2019.4.1 - 2022.3.31
第33代佐藤隆史2022.4.1 -

校訓

質実剛健

教育課程

全日制(2021年度より)

部活動

ラグビー部

全国高等学校ラグビーフットボール大会での優勝回数は全国最多15回を数えており、第103回大会までの出場回数71回とあわせていずれも全国最多であるが、第67回大会を最後に優勝から遠ざかっている。また、旧制中学時代と新制高等学校時代の両方で優勝を経験している学校の一つでもある[2]国体でも9回優勝しており、合計24回の全国優勝回数はいずれも全国最多である。

陸上競技部

全国高等学校駅伝競走大会男子の部で第15回大会(1964年)に初めて全国出場し、14位。第49回大会(1998年)から第61回大会(2010年)までは13年連続で出場した。最高成績は第65回大会(2014年)の4位。

吹奏楽部

第35回マーチングバンド・バトントワーリング全国大会高等学校の部小編成において、高校の部としては東北支部初の金賞を受賞。翌年の36回大会でも金賞を受賞している。

その他

  • 体育部
    • バスケットボール、剣道、バレーボール、バドミントン、空手道、柔道、硬式野球、卓球、ソフトテニス、軟式野球、体操、硬式テニス、サッカー
  • 文化部
    • 写真、文芸、建築研究、吹奏楽、パソコン
  • 同好会
    • メカクラブ(レーシング班)、メカクラブ(ロボット班)、水泳

著名な出身者

ラグビー

野球

陸上

格闘技

その他

脚注

関連項目

外部リンク

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