ガリシア語

ガリシア語(ガリシアご、o galego、a lingua galega)は、インド・ヨーロッパ語族イタリック語派の1言語。スペイン北西部ガリシア州ガリシア人を中心に使われている。ISO 639による言語コードは、2字がgl、 3字がglgで表される。

ガリシア語
galego
話される国スペインの旗 スペイン
地域南ヨーロッパ
話者数約179万人(母語人口、2005年)[1]
言語系統
表記体系ラテン文字
公的地位
公用語
統制機関スペインの旗 王立ガリシア語アカデミースペイン語版ガリシア語版
言語コード
ISO 639-1gl
ISO 639-2glg
ISO 639-3glg
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概要

ガリシア語は、カスティーリャ語(スペイン語)フランス語イタリア語ポルトガル語ルーマニア語と同様にラテン語から派生したロマンス語のひとつである。歴史的には古代ローマ帝国時代にガラエキアと呼ばれたプロウィンキアで話されていた俗ラテン語がその母体となっている。この地域は現在のスペインのガリシア州とそれに隣接するアストゥリアス州の一部、カスティーリャ・イ・レオン州レオン県並びにサモーラ県のガリシア隣接地域、そしてドウロ川以北の北ポルトガルにまで広がり、現在のガリシア州よりも広い地域であった。西ローマ帝国崩壊後、この地域にはヴァンダル族が侵入、その後スエビ族ガリシア王国をうちたてた。その後、この地域は、一定の自治権を保ちつつレオン王国の支配下に入った。

したがってこの時代のこの地域の言語は一体的であったが、現在のポルトガルの母体となった、ポルトゥカーレ伯領がカスティーリャ王権から独立することによって、ガリシア語とポルトガル語はそれぞれ別の道を歩むことになる。

現在のリスボンを中心とする標準ポルトガル語はレコンキスタの過程で、ドウロ川以北で話されていたロマンス語に、その地域で話されていたアラビア語およびモサラベ語音韻的影響を受けたため音韻的にはかなり異なっているという印象を受けるが、ドウロ川以北のポルトガル語とは音韻的にもガリシア語と非常に共通点が多い。

使用地域

現在のガリシア語使用地域はガリシア州を構成するア・コルーニャ県ポンテベドラ県ルーゴ県オウレンセ県の他にアストゥリアス州の西部テラ・エオ=ナビア、カスティーリャ・イ・レオン州のレオン県西部オ・ビエルソ、サモーラ県西部のポルテラス地域、そしてエストレマドゥーラ州カセレス県北西部のサン・マルティン・デ・トレベージョ、アス・エージャス、バルベルデ・ド・フレスノの3地域である。その他、ガリシアからの移民の多いブエノスアイレスアルゼンチン)、カラカスベネズエラ)、モンテビデオウルグアイ)、ハバナキューバ)、メキシコ・シティーメキシコ)などのラテンアメリカ地域やヨーロッパ各国にも、ガリシア語のコミュニティーがあるといわれている。

特徴

音素としての鼻母音は存在せず(ポルトガル語の-çãoはガリシア語では-ciónとなる)、このことがポルトガル語と比べ最も音韻的に異なる特徴となっている。

ガリシア語がそのほかのロマンス語と大きく異なっている点は、助動詞を用いた完了時制が存在しないことである。

正書法

以前の正書法ではスペイン語と同様に、疑問文と感嘆文の始めにはそれぞれ倒置疑問符倒置感嘆符を用いるとされていたが、現在では基本的には倒置符は用いられない。しかし分かりやすさのために使うことは認められている。

ポルトガル語との繋がりを重視し、ポルトガル語とほとんど同じ正書法を使用する少数派も存在する。例えば「ガリシア語協会」(Associaçom Galega da Língua)という団体が主張している正書法は鼻音の処理の方法以外はほぼポルトガル語と同じである。例えば、レアル・アカデミアの正書法では-ción、-zónとなる名詞の語尾は、協会のものは-çom、不定冠詞unはum、unhaはumhaなど。また、xで表される文字(この書記素は/ʃ/を表す)がjに、語中の-s-が-ss-に、未完了過去を表す形態素-baが、-vaなどとなっている。この正書法の背景は、ガリシア語は、言語というよりポルトガル語の方言であるとの立場によるもので、一般には受け入れられているとは言い難い。

2003年の正書法改定

2003年に正書法が改定された。これによって、いわゆる定冠詞の第二形式(lo、los、la、las)の使用が一部の場合を除き、基本的には義務的ではなくなった(一応使用が好ましいとはされている)。この改定によって、実際の見た目の印象がずいぶん異なる。また、いくつかの単語の語形が改められた。

音声

母音
音素(IPA書記素
/a/anada
/e/etres
/ɛ/eferro
/i/imin
/o/obonito
/ɔ/ohome
/u/urua
子音
音素(IPA書記素
/b/b/vbanco, ventá
/θ/z/ccero, zume
/tʃ/chchama
/d/ddixo
/f/ffalo
/g/g/gugalego, guerra
/k/c/quconta, quente
/l/lluns
/ʎ/llbotella
/m/mmellor
/n/nnove
/ɲ/ñmañá
/ŋ/nhalgunha
/p/ppor
/ɾ/rhora
/r/r/rrrecto, ferro
/s/ssal
/t/ttinto
/ʃ/xviaxe

文法

人称代名詞

強形人称代名詞

ガリシア語の強形人称代名詞
人称主格斜格
自由拘束
非再帰再帰非再帰再帰
単数1-eumincomigo
2-ticontigo
3男性elsi-consigo
女性ela
複数1-nós / nosoutros, -asconnosco
2-vós / vosoutros, -asconvosco
3男性elessi-consigo
女性elas
前置詞と3人称代名詞の縮約
eleleselaelas
dedeldelesdeladelas
ennelnelesnelanelas

弱形人称代名詞

ガリシア語の弱形人称代名詞
人称非再帰再帰
与格対格
単数1-me
2-chete
3男性lleo, lo, nose
女性a, la, na
複数1-nos
2-vos
3男性llesos, los, nosse
女性as, las, nas
ガリシア語の弱形人称代名詞縮約
3人称対格
男性女性
単数複数単数複数
oosaas
与格単数1人称memo
私にそれを
mos
私にそれらを
ma
私にそれを
mas
私にそれらを
2人称checho
君にそれを
chos
君にそれらを
cha
君にそれを
chas
君にそれらを
3人称llello
彼(女)、あなたにそれらを
llos
彼(女)、あなたにそれらを
lla
彼(女)、あなたにそれを
llas
彼(女)、あなたにそれらを
複数1人称nosnolo
私たちにそれを
nolos
私たちにそれらを
nola
私たちにそれを
nolas
私たちにそれらを
2人称vosvolo
君たちにそれを
volos
君たちにそれらを
vola
君たちにそれを
volas
君たちにそれらを
3人称llellelo
彼(女)ら、あなた方にそれを
llelos
彼(女)ら、あなた方にそれらを
llela
彼(女)ら、あなた方にそれを
llelas
彼(女)ら、あなた方にそれらを

ガリシア語の弱形代名詞は接辞で、平叙文では基本的に定動詞に前接する。その場合、動詞に密着して書かれるため、強勢の位置が移動しないようアクセント記号を必要個所に、添えなければならない。また否定文、一部の副詞の後、副文では動詞の前に置かれる。この場合は、動詞とは離して書かれる。

冠詞

冠詞には定冠詞と不定冠詞がある。カッコ内は定冠詞の第2形式(2003年の正書法改定で、前置詞porとの縮約などを除き、義務的ではなくなったが、その使用は望ましいとされている)。

定冠詞
単数複数
男性o (lo) os (los)
女性a (la) as (las)
前置詞と定冠詞の縮約
oosaas
aao / óaos / ósáás
concocoscoacoas
dedodosdadas
ennonosnanas
porpolopolospolapolas

前置詞aと男性定冠詞o、osの縮約形は2つの形式が認められているが、発音はどちらも[ɔ]、[ɔs]である。

不定冠詞
単数複数
男性un /uŋ/uns /uŋs/
女性unha /uŋ.a/unhas /uŋ.as/
前置詞と不定冠詞の縮約
ununsunhaunhas
concuncunscunhacunhas
dedundunsdunhadunhas
ennunnunsnunhanunhas

動詞

動詞は不定詞の語尾-ar、-er、-irによって3種類の活用タイプに分けられる。

規則動詞の直説法現在活用
不定形andarbaterpartir
単数1人称andobatoparto
2人称andasbatespartes
3人称andabateparte
複数1人称andamosbatemospartimos
2人称andadesbatedespartides
3人称andanbatenparten
第一規則活用動詞 andar の活用
叙法直説法接続法命令法不定法
時制現在未完了過去完了過去大過去未来過去未来現在過去未来
単数1人称andoandabaandeiandaraandareiandaríaandeandaseandar-andar
2人称andasandabasandachesandarasandarásandaríasandesandasesandaresandaandares
3人称andaandabaandouandaraandaráandaríaandeandaseandarandar
複数1人称andamosandabamosandamosandaramosandaremosandariamosandemosandásemosandarmosandarmos
2人称andadesandabadesandastesandaradesandaredesandariadesandedesandásedesandardesandadeandardes
3人称andanandabanandaronandaranandaránandaríanandenandasenandarenandaren
  • 動詞の叙法はその他のロマンス語同様直説法(indicativo)、接続法(subxuntivo)、命令法(imperativo)がある。
  • 動詞の時制は単純時制のみで、助動詞+過去分詞の複合過去完了形式は存在しない。これは、隣接言語アストゥリアス語レオン語と同じである。
  • 直説法には現在(presente)、未完了過去(copretérito)、完了過去(pretérito)、大過去(antepretérito)、未来(futuro)、過去未来(pospretérito)、接続法には現在、過去、未来があるが、接続法未来活用は現在は一部の言い回しなどには残っているが、使われない。
  • ポルトガル語同様人称不定詞(infinitivo conxugado、またはinfinitivo persoal)が存在する。この形式は接続法未来活用と同一形式である。
  • 過去の過去、つまり大過去あるいは過去完了の単純形式が存在する、この形式はスペイン語では接続法過去の-ra形となっている。したがって、接続法過去形式は他のロマンス語同様語源的な-se形のみである。
  • 直説法完了過去活用を除いて2人称複数活用語尾は-desで、これはラテン語の活用語尾-TISに由来し、語源的な-d-を保っている。
  • 直説法未完了過去活用の1人称・2人称複数活用形のアクセント位置はandabamos、andabadesで、語源的なラテン語のアクセント位置を保っているといえる。ロマンス語になって不定詞に助動詞の未完了過去語尾(-ía、-ía、-ía、-iamos、-iades、-ían)によって形成された過去未来活用形も同様に、andariamos、andariadesで、ポルトガル語や、スペイン語と異なる。ただし方言形にはポルトガル語やスペイン語同様語幹にアクセントが移動した形式も見られる。

方言

ガリシア語は現在大きく分けて、3つの方言地域に分けられている[2]。西部のア・コルーニャ県とポンテベドラ県の海岸地域(コスタ・ダ・モルテ、リアス・バイシャス)を中心とする西部方言地域(西部ブロック)、東部のルーゴ県とオウレンセ県の東部地域並びに隣接するアストゥリアス州とカスティーリャ・イ・レオン州の西部で話されている東部方言地域(東部ブロック)、その中間に位置するア・コルーニャ県・ポンテベドラ県東部とルーゴ県・オウレンセ県の大部分で話されている中部方言地域(中央ブロック)である。

  • セセオ
  • ヘアーダ

一部の方言には通常の1人称、2人称複数代名詞(nós、vós)とは別に、排他的な1人称、2人称複数代名詞(nosoutros、vosoutros)が存在する(ただし地域によっては、nós、vósの代わりにnosoutros、vosoutrosが使われる)。

また、ガリシア州外の以下の地域でもガリシア語の変種が話されている。

  • アストゥリアス州の西部、エオ川とナビア川に挟まれた地域で話されている言語、アストゥリアス・ガリシア語、エオナビア語(glast)と呼ばれる。
  • カスティーリャ・イ・レオン州レオン県及びサモーラ県西部
  • エストレマドゥーラ州カセレス県で話されている。Fala de Estremaduraと呼ばれる[3]

ラテン語からガリシア語への変化

脚注

ガリシア語についての日本語文献

柿原武史「少数言語復興政策は押しつけなのか−ガリシア語の事例−」『社会言語学』VIII、2008年

参考文献

  • ÁLVAREZ, Rosario et Xosé Xove (2002): Gramática da Lingua Galega, Editorial Galaxia, Vigo ISBN 84-8288-335-6
  • REAL ACADEMIA GALEGA et INSTITUTO DA LINGUA GALEGA (2004): Normas ortográficas e morfolóxicas do idioma galego, ISBN 84-87987-51-6
  • Costas González, Xosé-Henrique (2011): A lingua galega no Eo-Navia, Bierzo Occidental, As Portelas, Calabor e o Val do Ellas; Historia, breve caracterización e situación sociolingüística actual, Cadernos de Lingua Anexo 8, Real Academia Galega, A Coruña, ISBN 978-84-87987-46-5

関連項目

外部リンク