タングステン

原子番号74の元素

タングステンまたはウォルフラムドイツ語: Wolfram [ˈvɔlfram]ラテン語: wolframium英語: tungsten [ˈtʌŋstən]スウェーデン語:重い石)は、原子番号74の金属元素であり、クロム族元素に分類される。元素記号Wである。

タンタルタングステンレニウム
Mo

W

Sg
外見
銀灰色 ブルーライトを当てると水色に、発色する
一般特性
名称, 記号, 番号タングステン, W, 74
分類遷移金属
, 周期, ブロック6, 6, d
原子量183.84
電子配置[Xe] 4f14 5d4 6s2[1]
電子殻2, 8, 18, 32, 12, 2(画像
物理特性
固体
密度室温付近)19.25 g/cm3
融点での液体密度17.6 g/cm3
融点3695 K, 3422 °C, 6192 °F
沸点5828 K, 5555 °C, 10031 °F
臨界点13892 K, MPa
融解熱35.3 kJ/mol
蒸発熱806.7 kJ/mol
熱容量(25 °C) 24.27 J/(mol·K)
蒸気圧
圧力 (Pa)1101001 k10 k100 k
温度 (K)347737734137457951275823
原子特性
酸化数6, 5, 4, 3, 2, 1, 0, −1, -2(弱酸性酸化物
電気陰性度2.36(ポーリングの値)
イオン化エネルギー第1: 770 kJ/mol
第2: 1700 kJ/mol
原子半径139 pm
共有結合半径162±7 pm
その他
結晶構造体心立方格子構造
磁性常磁性[2]
電気抵抗率(20 °C) 52.8 nΩ⋅m
熱伝導率(300 K) 173 W/(m⋅K)
熱膨張率(25 °C) 4.5 μm/(m⋅K)
音の伝わる速さ
(微細ロッド)
(r.t.) (annealed) 4620 m/s
ヤング率411 GPa
剛性率161 GPa
体積弾性率310 GPa
ポアソン比0.28
モース硬度7.5
ビッカース硬度3430 MPa
ブリネル硬度2570 MPa
CAS登録番号7440-33-7
主な同位体
詳細はタングステンの同位体を参照
同位体NA半減期DMDE (MeV)DP
180W0.12%1.8×1018 yα2.516176Hf
181Wsyn121.2 dε0.188181Ta
182W26.50%>1.7×1020 yα1.772178Hf
183W14.31%>8×1019 yα1.680179Hf
184W30.64%>1.8×1020 yα1.123180Hf
185Wsyn75.1 dβ-0.433185Re
186W28.43%>4.1×1018 yα1.656182Hf
β-β--186Os

性質

タングステンの原子量は183.84で、その単体は銀灰色で重く、比重は19.3である。比重が金(Au)に近いため[注 1]、金の延べ板の偽造に用いられた事例が有る[3]

化学的には比較的安定で、常圧における融点3380 °C で、沸点5555 °C である。金属の単体では最も融点が高く、金属としては比較的大きな電気抵抗を持つ[4]

なお、タングステンは硬くて脆いというイメージが持たれているものの、これは不純物が混じっている合金である場合であり、高純度なタングステンは柔らかい[5]。ただし、これ以降は特に断りが無い限り、高純度ではないタングステンやタングステンの化合物について記述する。

タングステンの化合物

タングステン酸塩鉱物

タングステン酸塩から成る鉱物をタングステン酸塩鉱物(タングステンさんえんこうぶつ、tungstate mineral)と総称する。灰重石 CaWO4(タングステン酸カルシウム)、鉄重石 FeWO4(タングステン酸鉄)、マンガン重石 MnWO4(タングステン酸マンガン)などが挙げられる。鉄重石とマンガン重石を総称してWolframite (F,eMn)WO4という。

同位体

タングステンには158Wから192Wまで、35種類の同位体が知られており、このうち180W182W183W184W186Wが天然に存在する。全ての同位体が放射性核種と考えられているが、いずれも極めて半減期が長く、崩壊が観測されたことはない。計算上では、1 gのタングステンは2日に1個の原子が崩壊しているはずだと考えられている。

用途

タングステンの融点の高さと電気抵抗の大きさを活かし、電球フィラメントとして利用されてきたが、LEDの普及によりこの分野の使用量は減少してきている。融点の高さを利用した他の用途としては、電子顕微鏡電子線描画装置電子線(電子ビーム)発生の電極や、TIG溶接の非消耗電極の素材、またはプラズマアーク溶接、プラズマ切断の電極のように、高温に曝される電極の材料に用いる場合がある。他に、真空蒸着による薄膜形成の際、薄膜の素材となる金属の加熱・溶融・保持に使用される。

また、高温強度が強く、熱膨張係数は金属のうちでは最も小さいため、耐熱性の要求される分野でも用いられる[6]鉄タングステン合金炭化タングステンは非常に硬度が高く、摩擦熱にも耐えるため、切削用工具などの工具の材料として用いる場合がある。

他に、比重が大きく高い硬度を利用して、装甲を撃ち抜くための砲弾の材料としても用いられる。特に戦車のもつ硬く厚い装甲を貫通するための徹甲弾の弾芯に用いられる[注 2]。こうした徹甲弾の材料としてその後、比重が大きくある程度の硬度も有する劣化ウラン合金も使用され始め、タングステンと競合している[注 3]

密度の高さを活かして、X線を遮蔽するための材料として用いる場合もある。また、野性動物への鉛害防止の観点から、狩猟用の散弾銃の弾丸や、釣り針の錘などとして使われてきたの代替品として注目されている。タングステンは鉛より加工が難しいが、近年はタングステン製の錘やルアーの販売も増えだしている。タングステンは比重が鉛より大きいため、同じ重量なら形状は鉛より小さくなる。それによって飛距離が伸びたり、岩や牡蠣殻の隙間に引っかかりにくくなったり、魚の捕食を誘発しやすいというメリットがある。しかし、価格の面では鉛製よりも高額となる。

産出

タングステンの1年間あたりの産出量は、中華人民共和国が52,000トンで、世界の産出量の8割以上を占めており、次いでロシア連邦カナダオーストリアなどで、多く産出される。日本では香川県丸亀市手島などで小規模の鉱床が発見されたがいずれも閉山している。

産業上・軍事上で重要性の高い金属ながら、地球の地殻において濃度の低い元素であり、産出地も偏在している。日本においても多くを他国からの輸入に頼っている状況であるため、国際情勢の急変に対する安全保障策として国内消費量の最低60日分を国家備蓄すると定められている。

歴史

1781年にスウェーデンのカール・ヴィルヘルム・シェーレ灰重石から酸化タングステン(VI)の分離に成功し、タングステン酸と命名した。1783年に、スペインのファン・ホセファウストのエルヤル兄弟が、タングステン酸を木炭で還元して初めて単体を得て、ウォルフラムと命名した。

タングステン (tungsten) とは、スウェーデン語デンマーク語ノルウェー語で「重い石」という意味である。元素記号の W はドイツ語Wolfram にちなむ[7]。これは、タングステン鉱石(鉄マンガン重石Wolframit から来ており(エルヤル兄弟の命名もここから)、これがスズ鉱石の中に混入すると、スラグを作ってスズの精製を阻害するため、スズを狼 (Wolf) のようにむさぼり食べるという意味で命名された[8]

1980年頃までは中華人民共和国の産出量も世界の5割を切っていたものの、20世紀終盤はタングステンが比較的低価格で、他国のタングステン鉱山が閉山し、中華人民共和国に採掘が集中した経緯がある[9]。さらに21世紀に入り、中華人民共和国でのタングステンの需要が高まると、投機を行って、いわゆるマネーゲームによって利益を上げようとする者の資金が、タングステンの市場にも流入し、価格が吊り上げられた側面があり、2005年には取り引き価格が2倍以上に上昇した[10]

アメリカ合衆国では2010年に、コンゴ民主共和国および周辺国で紛争地域のテロ活動の資金源となっている鉱物、いわゆる「紛争鉱物」に指定され、製品に使用する企業は、アメリカ合衆国証券取引委員会に報告義務が課された[11]

日米欧からの提訴を受けて世界貿易機関(WTO)が協定違反と断じたため、2015年に生産をほぼ独占していた中華人民共和国はタングステンとレアアースモリブデンに賦課していた「輸出税」と「輸出数量制限」を廃止した[12]

脚注

注釈

出典

参考文献

  • 桜井弘 編『元素111の新知識 引いて重宝、読んでおもしろい』講談社〈ブルーバックス〉、1997年10月20日。ISBN 978-4-0625-7192-0 
  • 小谷太郎『周期表でスラスラわかる! 「元素」のスゴい話 アブない話』青春出版社〈青春文庫〉、2011年8月20日。ISBN 978-4-413-09516-7 

関連項目

外部リンク